第37話 闖入者

  11  闖入者


 身構える六人の前で、扉がゆっくりと開いた。

 姿を現したのは金髪の若い女性だ。


「ここでしたか。みなさんご無事ですか」


 その顔を見るや、エドワードとケインは口を開けたまま固まった。


「フィオナさん……」


 アトリが呆気にとられたようにつぶやいた。


「アトリさんも大丈夫ですね。よかった」


 笑顔を浮かべたその女性は極めて軽装だった。ルピニア同様に皮の胸当てを着け、弓と矢筒を背負っているものの、腰のポーチを除けば荷物らしい荷物はほとんどない。シャツやズボンの生地は頑丈そうで飾り気がないが、セミロングの飾りスカートをズボンの上に被せ、実用性と女性らしさを絶妙なバランスで成立させている。


「……なぜあんたがここに」


「アルディラさんに頼まれたんです。夜が明けてもみなさんが戻らないので、様子を見てきてほしいと」


 エドワードに答え、フィオナは六人を見回した。その視線が縛られた細目の男に止まると、苦笑が浮かんだ。


「ずいぶん思いきり叩いたんですね。縛ってあるということは官憲に引き渡すんですか? 必要でしたら憲兵を止まり木亭に呼んでおきますよ」


「フィオナさん、こいつを知っているのか」


 ケインが目を丸くする。

 フィオナは首を振った。


「その姿を見たのは初めてです。本当の名前も知りません。どんな顔なのか興味があったんですが、まともな素顔を見る機会はなさそうですね。少しだけ残念です」


 ジャスパーは眉を寄せた。


「あんた誰なんだ? なんで妖精狩りのことを」


 フィオナがわずかに考え込む。


「……止まり木亭の常連、ということになるんでしょうか。アトリさんの事情は聞いています」


 困惑するジャスパーらにフィオナは頭を下げた。さらりとした長い金髪がランタンの灯にきらめく。


「リックさんたちが話してくれました。初日からひどい目に遭わせてしまってごめんなさい。その男が妖精狩りなのかどうか、確信が持てなかったんです。あまりアルディラさんたちを責めないであげてくださいね」


 エルムは不思議そうにフィオナを見返した。


「どうしてあなたがボクたちに謝るの? 確信を持てないってなんのこと? それにボク、あなたとどこかで会ったことがあるような気がするんだけど」


「ウチもや。酒場区画の冒険者なんか?」


 フィオナは柔らかく微笑んだ。


「止まり木亭に戻ったら分かりますよ。エドワードさん、ケインさん、せっかくですから内緒にしてくださいね」


「あ、ああ。分かった」


「そういうことなら黙っておこう」


 恐れ入った様子のエドワードとは対照的に、ケインはいたずらを思いついた子供のような笑みを浮かべた。


 首をかしげるエルムらをよそに、フィオナはアトリに微笑みを向けた。


「素敵なお友達ができたみたいですね。あとでお話を聞かせてください」


「はい」


 アトリが笑顔でうなずく。


「わたしは先に戻って報告しておきます。みなさんも寄り道しないで帰ってきてくださいね」


 フィオナはきびすを返し、飾りスカートをなびかせながら颯爽と玄室を出て行った。




「……いきなり来て消えた。なんだったんだあのひと」


 呆気にとられたジャスパーがつぶやく。

 エドワードは緊張が解けたように息をついた。


「通り名が巡る風ってくれえだからな」


「あのおねえさん、通り名まであるの? たしかに冒険者みたいだけど」


 首をひねっているエルムの前で、エドワードはかぶりを振った。


「みたい、どころじゃねえ。あのひとは女将の次くれえに強えぞ」


「たまに最下層の様子を見に行くようなひとだ。俺たちとは強さの桁が違う」


 ケインが笑いながら補足した。表情や口調に嫌味の色はない。フィオナの強さは二人にとって疑う余地もないのだろう。


「あんなに若いのにか? どう見たって二十歳くらいだったぞ」


 目を丸くしたジャスパーの前で、ルピニアは自分の耳を指してみせた。


「フィオナはんの耳、少しやけど尖っとったろ。あのひとはハーフエルフやな。エルフの血が入っとるから歳をとるんは遅い。たぶんほんまは四十――」


「待てルピニア。悪いことは言わねえ。あのひとの前で歳の話はするな」


 エドワードが固い顔でさえぎる。


 ――やっぱり女で苦労しとった。


 ルピニアはひそかに哀れまずにいられなかった。


「そういえば、アトリはあのひとと知り合いなんだな」


「はい。フィオナさんはアルディラさんのお友達です。よく遊びに来ます」


 ジャスパーは再び首をかしげた。


「遊びに来るって、止まり木亭じゃないよな。アルディラさんの家とかか? なんでアトリがそんなことを」


「わたしが司教に弟子入りしたと妖精狩りが言っていましたよね。わたしの師匠はアルディラさんなんです。魔王討伐の英雄、王宮泣かせの女司教アルディラ。この地方では最高の魔術師で神官です」


「……ごめん。つまりどういうことなんだ?」


「つまりアルディラさんは弟子のアトリちゃんを妖精狩りから守りたくて、先輩を護衛につけたんだね。しかも止まり木亭の冒険者で一番強いひとを送って、様子を見させたってこと?」


 代わりに答えたエルムも困惑気味だ。


「そこまで心配してたのなら、どうしてボクたちに教えてくれなかったのかな。危険かもしれないのにアトリちゃんをダンジョンへ送り出すのも、護衛を一人しかつけないのも変だよね」


「あー。もうさっぱり分からん。結局ウチは怒ってええんか? それとも感謝せなあかんのか?」


「……ごめんなさい。話さないといけないことがたくさんあるんです。長くなってしまいますから、説明は止まり木亭に戻ってからでもいいですか」


 アトリが申し訳なさそうに頭を下げる。


「ややこしい話は終わったか?」


 ケインは肩に細目の男を担いでいた。


「さっさと戻ってこいつを引き渡そう。そのあとはヤケ酒飲んでたっぷり寝させてもらう。一杯くらいおごれよエド。ああ、それとだな」


 四人を見回すケインの顔はどこか楽しげだった。


「止まり木亭に着くまでじっくり聞かせてもらうぞ。どうやってこいつを倒したのか。スカッとする話を期待しているからな」

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