第43話 黄金の決戦場


「く……。――!? 何だ、ここは……!」


 白光に焼かれた視界が徐々に戻って来ると、目の前には信じられない光景が広がっていた。

 美しい黄金色の空が、どこまでも広がっている。頭上にも、眼下にも。

 地平線すら存在しない。

 幾筋ものオーロラのような金色の光の帯が、無作為に空間を彩っていた。

 無限の空間には、無数の巨岩が浮かんでいる。

 巨岩を衛星のように纏って、中心にウォルフガングが浮遊していた。

 どうやら、自分達は宙に浮かぶ巨岩の一つに立っているらしい。


「全員、無事か……!?」

「うん、なんとか……!」

「ああ。俺ぁもう何が起こっても驚かねぇぜ、クソ」


 トレイスが悪態をつく。


「ここは恐らく、ウォルフガングが作り出した虚の空間です。このどこかに神器もあるはず……!」


 フィーネはそう言って辺りを見渡す。

 すると、ウォルフガングの声が響いた。


『ここまで、長いようで短かった』


 神への感謝を説く司祭の如く大仰に腕を広げた。金衣の裾がブワッと広がる。


「エル……」

「…………」


 センリが不安そうにエルランドの袖を握る。

 エルランドは〈下弦の月〉の存在を確かめるように柄を握ったまま、無言でウォルフガングを見つめていた。


『我が苦悩。我が闘争……。憎んでいた世界の全てが、今は愛おしい』


 ウォルフガングの演説が続く。


「あー、そうかい」


 気が付けばいつの間にかトレイスがキリキリと矢を引き絞っていた。

 放つ。

 空気を裂いて飛んだ矢は、ウォルフガングに当たる直前で障壁に阻まれるように急停止し砕け散った。


「そりゃ、ずりぃぜ……!」


 ウォルフガングが光輪を纏った腕を掲げる。


『さぁ、わが愛に抱かれて死ぬがいい』


 言葉と同時に、一枚の光輪が放たれた。


「中心から離れろ!」


 エルランドがセンリの肩を掴んで後ろに飛び退る。

 トレイスとフィーネが逆側に回避すると、そのちょうど間を縦向きに光輪が通過していった。

 至近距離で見ると、とんでもない大きさだ。


「エル! 地面が……!」


 光輪は一行が立っていた浮巨岩を縦に両断しながら通過していったらしく、真っ二つになった巨岩は急速に崩れ始めていた。


「センリ、しっかり掴まれ!」

「え……? わっ!?」


 エルランドがセンリの小さな身体を両手で抱き上げる。

 そのまま、砂糖菓子のように崩れだす岩を踏み切って、金色の無限空間に身を躍らせた。


「ひゃっ……!」


 センリは悲鳴を上げないように必死にこらえた。

 衝撃。エルランドはセンリを抱えたまま、別の浮巨岩に着地した。


「は、はうー……」


 エルランドの腕から降りたセンリが、ふらふらと目を回す。

 向こうでは、トレイスとフィーネも上手く別の岩に取り付いたようだった。


「エル! あれ!」


 センリが遠くを指差して叫ぶ。


「……! 神器か!」


 眼下、遠方に浮かぶ一際大きな巨岩の上に、祭壇と神器〈アース・ドラム〉が鎮座しているのが微かに見えた。

 あそこまで、岩を飛び移りながらいけないことも無さそうだった。


「センリ、行こう!」

「うん!」


 再びセンリを抱きかかえたエルランドは、間近にある一つ目の岩場目指して跳躍した。




 トレイスが二本の矢を立て続けに射る。

 しかし、そのどれもがウォルフガングの眼前で弾き飛ばされる。


『非力な……』


 ウォルフガングが錫杖を掲げた。


「攻撃が来ます……!」

「わあってるよ!」


 トレイスは狙いすまして、三本目の矢を放つ。渾身の矢は、ウォルフガングが振り下ろそうとした錫杖の先に突き立った。


『むっ……!?』


 錫杖の狙いがそれる。トレイス達から大きく離れた場所に浮いていた岩が爆発四散した。


「攻撃の瞬間は防壁が無くなるのか……!?」


 流れるように次の矢を番える。


『小癪な……!』


 ウォルフガングが錫杖を振り回した。


「うおっ!?」


 トレイス達の周囲の巨岩が次々と粉々になっていく。衝撃波が大気をビリビリと震わせた。飛んでくる破片が、二人の頬や腕を浅く切り裂く。


「そんな雑な狙いで……当たって堪るかよ!」


 トレイスの矢が大気を切り裂いて進み、錫杖を持つウォルフガングの肩に突き立った。


『ぬうぅ……!』


 しかし、矢は殆ど金衣に阻まれてしまったようだ。

 ウォルフガングが、先ほどまでの聖人ぶった様子とは一変、怒り狂った形相で肩から矢を抜く。


『この糞ども……! ぶっ殺してやる……!』


 光輪の腕を高く上げ、トレイス達へと振り下ろす。


「はっは! そっちの方がテメェらしいぜ!」


「トレイスさん! 伏せて!」


 光輪が迫る。同時に、フィーネの凛とした声が響いた。


「総譜・第八章〈守護の章〉、五十八頁! 庇い給え! 〈キエフの大門〉!」


 眼前に翡翠色の結晶が生まれ、力のスパークが防壁を作る。


「耐えて……!」


 斜めに展開された防壁に光輪が激突した瞬間、翡翠の結晶が砕け散る。

 光輪は防壁を掠めるように軌道を逸らされ、二人の後ろへと飛んでいった。

 幾つもの浮巨岩を両断しながら消えていく。


『なに……!?』


 予想外に攻撃を防御されたウォルフガングが驚きの声を上げる。

 トレイスが片膝をついたまま矢を射った。


『ぬうぅ……!』


 虚を突いた攻撃が金衣に突き刺さる。

 ウォルフガングが怒りを迸らせて錫杖を振るうと、トレイス達の間近の巨岩が爆音とともに砕け散った。


「狙いが正確になってきてやがる……!」

「トレイスさん! もう少し持ちこたえてください! 今、エルランド様とセンリさんが神器の元に……! こちらで奴の気を引き付ければ――――」

『死ねぇ!』

「させるかよ……!」


 ウォルフガングが錫杖を振りかぶる。トレイスの放った矢がそれを弾く。


「きゃあっ!」


 狙いがずれた爆発はそれでもトレイス達の頭上の空間を焼いた。


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