第20話 雨中の剣戟


「抵抗されると、こういう方法しか無くなるんだがな」


 剣を右手にぶら下げたまま、アイネが一歩踏み出す。


「……っ」


 月光を反射する剣の冷たい輝きに、センリは息を呑んだ。

 この男は何を言っているのだろうか。あの剣で、自分をどうするつもりなのだろう。

 センリはもはや足を動かすことすら出来なかった。

 アイネがもう一歩踏み出す。

 すでに二人の距離は数メートル。

 飛び掛かられたらセンリにはかわすことなど出来そうもない。


 アイネがほんの少し腰をかがめる。剣が少しずつ後ろに引き絞られ――――


「女の子一人に随分な対応だな」


 どこからか声が聞こえた。


「――!?」


 アイネがとっさに身をよじり剣を振り上げるのと同時に、彼とセンリの間に一迅の白い風が舞い込んだ。


 ――ギィン!


 鋼同士の打ち合う音。

 アイネのショートソードの上から、押し込めるように剣を叩きつけるその姿……。


「エル……! エル! なんで……!?」


 狐人の旅人、エルランドが確かにそこにいた。


「センリ、遅くなって済まなかった」


 つばぜり合いの状態のままセンリに言葉を掛ける。


「ちぃ……!」


 アイネがせり合う剣を弾きつつ蹴りを放つと、エルランドがそれを回避し両者の間に間合いが生まれた。


「その太刀筋。お前、何者だ……」


 アイネが静かに口を開く。


「名乗る時は、まず自分からじゃないか青年?」


 やや下段に下げたエルランドの剣先から、雨の雫が滴る。

 その雫が地面に落ちた瞬間。二人の剣閃が交差した。

 耳をつんざくような剣撃の音が、二度、三度と響く。センリの目ではその太刀筋を追うことすら難しかった。


「フッ……!」


 何度目かの打ち合いで、エルランドがひねるように剣を絡めるとアイネの剣が手を離れ宙を舞った。

 しかしアイネは怯んだ様子も見せず、ローブの袖の中から瞬時に何かを取り出した。

 それが二本の大振りなナイフだということをエルランドが視認した時には、すでに二筋の斬撃がエルランドを襲っていた。

 縦横に襲い来る太刀筋をエルランドは剣で受け止める。

 ナイフに持ち替えたアイネのスピードは、ショートソードを持っていた時からは想像もつかないほど――


(……速い!)


 剣とナイフのリーチの差を活かすため距離を取ろうとしても、まるで踊るような巧みな体術でピタリと張り付いてくる。


「くっ……!」


 エルランドが際どいところで斬撃を受け止めていると、その足が雨で出来たぬかるみに滑り、体勢が崩れた。

 そこに容赦なくアイネが襲いかかる。

 アイネの斬撃をエルランドが無理な姿勢で弾き返そうとすると、アイネの両手のナイフが絡みつくように動き、今度はエルランドがその手から剣を弾き飛ばされてしまった。


「しまっ――!?」


 美しい細身の刀身が、雨を切り裂きながら宙を舞い地面に突き刺さる。


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