第19話 逃走劇の結末は……?


「もう逃げられない! さぁ、一緒に来るんだ!」


 一人の男が大声で叫んだ。

 雨がさらに勢いを増し、センリの頬を殴る。


「いや……」


 センリは後退りしながら首を横に振った。

 雨に濡れた地面に滑り、思わず尻もちをついてしまう。


「……仕方ない。おい」


 男はそう言って周囲の連中に目配せすると、輪をジリジリと縮めるようにセンリへと迫っていった。


「やだ……。来ないでっ!」


 センリが叫んだ瞬間。

 目を焼く閃光と、耳を貫くような爆音。

 修道士達の至近距離の大きな木に、落雷が直撃した。

 バキバキと音を立てながら大木が燃え崩れていく。

 修道士達から悲鳴が上がり、やがて口々に、


(悪魔の子の力だ)

(呪われるぞ)


 などと囁き合いはじめた。

 縮められていた輪がばらばらと広がり、


「わ、わぁぁぁ……!」


 やがて一人が恐慌して逃げ出すと、彼らは蜘蛛の子を散らすように山の中へ消えていった。

 センリはしばしぽかんとしたまま誰もいなくなった光景を眺めていたが、


「な……なんか複雑~……」


 再び訪れた静寂に拍子抜けしたように立ち上がった。

 マントに付いた泥を払い、いざ吊り橋を渡ろうと心の準備をしていると、背後から突然声が聞こえた。


「まったく、情けない連中だな……」


 センリが驚いて振り向くと、そこには一人の修道士が立っていた。

 身に纏った黒いローブは他の修道士と一緒だが、ローブの腰に剣の入った鞘を吊っているところだけ他の者達と違った。

 さらさらの黒髪からは雨の雫が滴っている。

 あの男だ。ウォルフガングの部屋にいた修道士、たしか『アイネ』とかいう……。

 松明も持っておらず、その姿はぼんやりと月明かりに浮かんで、どこか幻想的ですらあった。


「出来れば手荒なことはしたくないんだ。一緒に戻ってくれないかな」


 極めて静かな口調で、センリにそう問いかける。


「……お願い。行かせて」

「どこへ行くつもりなんだ?」

「それは……」

「あのフィエールも、もう来ない。お前に行く場所など無いだろう」


 冷たく言い放つと、センリの方へと向かって歩いてくる。


「悪いようにはしない。さぁ、来い」

「いや……!」


 センリは吊り橋に一歩足を踏み入れると、


「来ないで! それ以上近づいたら、ここから飛び降りるから!」


 そう言って吊り橋の柵縄を両手で掴んだ。

 自分に死なれるのは相手も困るはず。

 センリのその考えが恐らく的中したのであろう。アイネはピタリと足を止めた。

 そして、


「やれやれ……」


 そう息をつくと腰の鞘から、何でもないような極めて日常的な動作で、鈍く輝くショートソードを抜き放った。


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