第39話 追走


「ふまり、ふぃんふぃのふぃからをへふね……」

「食い終わってから喋れ、食い終わってから」


 歩きながら事情を説明しようとするフィーネ。

 しかし、その美しい形をした口には太い腸詰めが咥えられていた。

 ……それも、これで実に五本目だ。

 無理やり飲み込もうとして喉につかえたのか、トントンと胸を叩く。


「……っはあ。失礼致しました。つまりですね、自身の生命力を依り代に神器の力を『再生』するわけです。その為、余剰に蓄えたエネルギーが一気に放出されてしまい……」

「術後はとてつもない空腹に襲われる、と」


 エルランドが苦笑しながら言う。


「つっても食いすぎだろ……」

「ほーでふはね?」


 今度はバックパックから黒パンを取り出して頬張り始めたフィーネに、トレイスは呆れたような視線を投げかけた。


「だからそんなにおっきいリュック背負ってたんだね」


 センリも苦笑しながら言った。一体何をそんなに大量に持ち込んでいるのかと思っていたが、どうやら殆どが食料だったようだ。


「はい。これくらいあれば、フィンランディア探索の間はもつと思いまして」


 恐ろしい速さで黒パンを食べきったフィーネが言う。


「まぁ、たしかにありゃ凄かったけどよ……。先が思いやられるぜ」


 トレイスが肩を竦める。


「む……?」


 と、エルランドが何かに気が付いたように駈け出した。

 他の三人も顔を見合わせてから早足で後を追う。


「どうした? って、こりゃ……」

「うっ……!」


 センリが口元を押さえる。

 しゃがみこんだエルランドの前には、金色の翅を持った大型の昆虫らしき死体が転がっていた。首から先を刃物で荒々しく切断されたようで、頭部は近くには見当たらない。

 周囲に飛び散った紫色の体液は半ば乾きかけている。


「我々より先にここでアボイドと交戦した者がいる。それも、ほんの数刻前だ。ということは……」


 全員で顔を見合わせると、一行は『先行者』の後を追うべく足早に歩き出した。



   ◆


「はぁ……! はぁ……!」


 暗い洞窟の中を、ウォルフガングは必死の思いで走っていた。

 腰に下げたランタンが揺れ、影がチラつくたびに肩を震わせて立ち止まる。

 地中の通路は、さっきまでの天然洞窟から明らかな人工物へと変わっていた。

 流麗だが風化しかけた彫刻の入った石壁が、カーブしながらどこまでも続いている。通路は僅かに登り坂になっているようだ。


「も……もう限界だ……!」


 膝に手を置き立ち止まると、倒れ込むように石壁にもたれた。

 どれほど走ってきたか分からないが、もうあのデカブツは追ってきていないだろう。

 耳を澄ましても、届くのは耳の痛くなるような静寂だけだ。


「何で俺がこんな目に……! くそ! くそ、くそ……!」


 やりようのない怒りが腹の中でグツグツと煮えていた。

 これも全て、あのセンリとか言うクソガキのせいだ。

 神器の力を手に入れたら、あのクソガキは真っ先に始末してやろう。

 散々嬲って、辱めてからだ。まだガキで女の魅力は無いが、なに、それはそれで愉しめる。

 教皇どもも、調子に乗っていられるのは今の内だ。その椅子と権力は、すぐに俺の物になる。


「くく……くくくく…………!」


 そう考えていたら、怒りも収まって段々と愉快な気分になってきた。

 ウォルフガングは壁に手をついて立ち上がると、狂気の光を瞳に宿しながら再びゆっくりと通路を進み始めた。



   ◆


 エルランド達はやがて大きな洞窟の入り口に辿り着いた。

 地面を観察していたエルランドが立ち上がって洞窟の内部を眺める。


「やはり痕跡は数名分……。この中だな」


 フィーネは辺りを見渡してから口を開いた。


「この洞窟が『神器』の元へと繋がっているはずです。行きましょう」


 エルランドとトレイスがランタンをともすと、一行は洞窟の中へと足を踏み入れた。


「足元が滑る。気を付けてくれ」

「うん」


 センリは、エルランドの服の裾を掴みながら薄暗闇の中を進んでいく。

 洞窟の入り口から差し込む光はすぐに届かなくなり、オレンジ色のランタンの灯りだけが頼りとなった。

 と、先頭を歩いていたトレイスが不意に立ち止まった。


「……誰かいるな。……一人だ」


 小声で囁いて、センリ達に人差し指を口元で立ててみせた後、エルランドに目配せする。

 エルランドは静かに剣を抜くと、トレイスとともに慎重に前に進んでいった。

 数メートル歩いたところでランタンを高く掲げる。

 広がる光の輪に、壁にもたれて座り込む一人の男が照らし出された。

 軽装のチェインメイルに、半ばから折れた剣を握っている。かなりの深手を追っている様子だった。逆立てた短髪がべっとりと血に濡れている。

 男は遅れてランタンの光に気が付くと、うなだれていた顔を辛そうに上げてエルランド達を見た。


「よ、よう……。誰だか知らねぇが、こっから先は観光にしちゃちょいとハードだぜ……。ごほっ……!」


 皮肉を湛えた笑みが、血の混じった咳で崩れる。


「お、おい! 大丈夫か!?」


 エルランドが慌てて駆け寄る。他の者も後に続いた。


「酷い傷……!」


 センリが口に手を当てて洩らす。


「一人か? 何があった?」


 エルランドが尋ねると、男は小さく咳き込んでからそれに答えた。


「クラスター……〈ゴルドベルグ〉だ。突然現れやがった」


 その名を聞いて、センリは全身から血の気が引いていくような気がした。


「他に誰か一緒だったのでは無いのか?」

「俺以外は全滅さ。雇い主のクソ野郎は逃げやがったみたいだが――ごほっごほっ!」


 男はやはり傭兵だったようだ。


「雇い主というのは?」

「『マデウス』と名乗ってたが偽名だろう。ピリオド派の旅装束を着た、いけすかねぇ痩せた野郎だ」


 それを聞いて、全員が顔を見合わせる。ウォルフガングに間違いなかった。

 エルランドがすっくと立ち上がる。


「その傷だ、無理に動かない方がいい。数刻待っていてくれ。我々の船で島を出よう」

「はっは。そいつぁありがてえな……。期待しないで待ってるよ」

「ああ。……行こう」


 エルランドが言って、洞窟の奥へと歩き出した。トレイスも後に続く。


「あ、あの……。絶対、戻ってきますから!」


 センリが言うと、男は苦しそうに笑った。


「ありがとうよ、可愛いお嬢ちゃん。俺はフェリックってんだ、覚えといてくれ」


 センリがコクコクと頷く。


「センリさん。行きましょう」


 辛そうに言うフィーネに手を引かれ、センリは二人を立ち止まって待っているエルランド達の元へ向かった。

 途中、何回か振り向いたが、フェリックの姿はすぐ闇に溶けて見えなくなった。


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