第3話 突入! 旧ダフニス別邸


   ◆


 翌日、クロエとモーリスに連れられて山の奥深くにある『旧ダフニス別邸』に向かったエルランドは、その門扉を前に呆然と立ち尽くしていた。

 件の別邸は、クロエ曰く『ちょっとした別荘』と言う話だったのだが……。


「これのどこがちょっとした別荘なんだ……?」


 一行の眼前に聳える高い鉄の門。

 その向こうには荒れ果てた広大な敷地と、およそ個人の所有とは思えない規模の邸宅……いや、城塞の廃墟が佇んでいた。


「そうねぇ……。別荘にしては、ちょっとダサいとは思うわ」


 クロエが顎に手を当てて言う。


「いや、そういう問題ではなくてだな」

「お嬢様。事が済んだら、私がリフォーム致しましょう。『匠の遊び心』を全面に押し出して、必ずやご満足して頂けるかと」

「別にいい」

「それは残念です」


 エルランドは二人の会話を聞きながら、頭痛をこらえるように頭を押さえた。


「あー……。いいから、行こう。さっさと」

「かしこまりました。門は開いているようですな」


 モーリスの先導で、一行は『旧ダフニス別邸』の敷地内へと足を踏み入れた。




「しかし歩きにっくいわね」


 門の先は雑草が茂りっぱなしで、隣を歩くクロエの太もも辺りまでを覆い隠していた。

 今日の彼女の格好は、ゴシックな装いのやたらと短いスカート姿だった。膝丈のソックスの下で、磨き上げられた可愛らしい革靴がぴかぴかと光っている。


「廃墟の探索なのに、なんでそんな格好を……」

「着たかったんだから別にいいじゃない。『ファッションは我慢』よ」

「私はこのシックな燕尾服が一番動きやすいのです」

「あんたには聞いてないわよ」


 優雅に手を上げ燕尾服をアピールするモーリスにクロエが冷たく言い放つ。


「おや? そうでしたか。……さて、着きましたよ」


 くるりと舞うように身体を一回転させてから、モーリスが立ち止まる。

 頭上には巨大な『旧ダフニス別邸』の重々しい威容が聳え、目の前にはその大きな正面扉が固くその門戸を閉ざしていた。

 錠前のついた二本の鎖が獅子を象った扉の取手を通って、両脇の柱にくくられている。


「ふむ……。ある程度の器物破損は仕方がない、ということでいいのかな?」


 エルランドが尋ねると、モーリスが慇懃に一礼した。


「イグザクトリィ(その通りで御座います)」


 エルランドは扉の前に進むと、腰の剣の柄に手を置いた。

 鉄製のショートソードだ。自宅(兼、店)を出る時に〈下弦の月〉を持っていくか迷ったのだが、何だかバチ当たりな気がしてやめた。


「……ハッ!」


 刹那に剣を鞘走らせると、次の瞬間にはエルランドの剣は頭上に振り抜かれ、錠前の付いた鎖は二本とも弾けるように千切れ飛んでいた。

 背後でクロエが『ぴゅう』と口笛を吹く。

 エルランドは少し得意気に剣を鞘にしまうと、扉の取手に手を掛けた。が……、


「む……。どうやら、向こう側から施錠されているようだな」


 扉は何かに突っかかっているように、奥にも手前にも動かない。閂でも掛けられているのだろう。


「仕方ない。どこか別の入り口を――」

「面倒ね。ちょっとどいて」


 クロエがエルランドを押しのけるように扉の前に立つ。


「お、おい。何をする気だ?」


 エルランドの質問には答えず、クロエは無言で脚を開き腰を低く落とした。短いスカートから伸びる白い太ももが、年齢に不相応な艶めかしさを放つ。

 左足を前に出し、左半身の構え。左手は指を伸ばし、真っ直ぐ顔の前に。右手は腹の辺りで緩く握られている。


「……っ!」


 クロエが息を短く吸いながら身体を僅かに落とす。


「はあぁぁっ!」


 息を吐くのと同時に鋭く踏み込んだ。

 瞬時に膨れ上がった烈破の気に、大気が咆哮を上げる。


「嶽寸靠(がくすんこう)ッ!!」


 爆発的な飛び込みの勢いで反転すると、肩と背中から扉に激突。


「うわっ……!」


 エルランドは思わず目を覆った。

 バキバキと物凄い音がして、辺りにもうもうと煙が立ち込める。


「お、おーい。大丈夫か……?」


 エルランドが呆気にとられたまま、煙の中に声をかける。

 立ち込めている煙はどうやら館内部に厚く積もった埃が舞い上げられたものらしい。

 先ほどまで三人の前に立ちふさがっていた扉は、蝶番ごと捩じ切られるように館の奥まで吹き飛んでいた。


「ふっ。まぁ、こんなもんよ」


 煙の中から得意げにクロエが出て来る。


「一体、なんだ今の技は……。見たことも無いぞ。というか、何なんだ君は……」

「何だとは失礼ね。ケンポーよ、ケンポー」

「……?」

「お嬢様は、東方伝来・一子相伝の武術の使い手なので御座います」


 モーリスが解説を始める。


「東方から流れ着きし一人の武術家の技に感銘を受け、『自らもその技で人々の幸せを守護(まも)りたい』と……! 決して、楽しそうだったからとか、借金のカタに教えさせたとかそういうものでは無いのです……!」


 拳をグッと突き上げ、あまつさえ熱い涙を迸らせながら言う。

 何だか、もう本当にどうでもいい。


「細かいことはいいのよ。とにかく、扉が開いたんだから行くわよ」


 モーリスを放ってさっさと中に入っていくクロエ。


「……。さっさと終わらせて、帰ろう……」


 エルランドも、どっと押し寄せる疲れを肩に乗せながらその後に続く。


「おや? 行かれますか?」


 モーリスは意外そうな顔をして言うと、飄々と二人の後に付いて扉の吹き飛んだ正面玄関をくぐった。




 ぽっかりと空いた正面玄関から差し込む日光に照らされ、館の内部がおぼろげに見て取れる。

 エントランスであろうこの部屋で一番最初に目に飛び込んでくるのは中央の大階段だ。

 二階はテラス状の廊下で、一階二階ともに幾つもの扉があった。

 内部は埃こそ厚く積もっているものの、荒れた形跡もなく、壁に掛けられた絵画や赤い絨毯も当時のままと言った様子だった。


「やはり中は暗いか……」


 エルランドがバックパックからランタンを取り出そうとするのを、モーリスが止める。


「エルランド様。お待ちを」


 つかつかとエントランスの隅まで行くと、何やら壁をまじまじと観察している。


「どうした?」


 エルランドとクロエも後に続いて壁を見る。

 そこには、壁から『にょき』っと突き出た銀色のレバーがあった。


「レバーね」

「レバーだな。明らかに」

「動かしたら?」

「私がか? 絶対に嫌だ」


 壁から唐突に生える銀色のレバー。

 怪しい。露骨に怪しい。


「ふむ……」


 モーリスはしばし考えると、なんの躊躇もなくそのレバーを『ガション!』と操作した。


「あ……」

「お、おい! 何が起きるか分からんのに――」


 狼狽えるエルランドの言葉に被せて、館全体から低い『ぐおん、ぐおん』という音が響き始める。


「な、なんだ……!?」


 直後、エントランスの天井から不思議な光が溢れ、部屋中を明るく照らす。


「照明……?」


 天井には半球型の物体が貼り付いており、どうやらそれが発光しているらしかった。

 中で火を焚いているようにも見えないし、一体どうやって光っているのか……。

 すると、モーリスがきざったらしく顔を片手で覆って低く笑った。


「くっく……。私の読みは正しかったですね。虎穴に入らずんば虎児を得ず……。いいですか? このように勇気ある行動こそが、冒険を前に進め――」


 その瞬間。『ヴィー! ヴィー!』というやかましい騒音とともに、エントランスの正面玄関に極太の鉄格子が『ずどん!』と下ろされた。


「ああっ!」

「おいおいおい……!」


 エントランスから続く全ての扉にも同様に、次々と鉄格子が降ろされていく。

 やかましい警告音が鳴り止むと…………一行は、完全にエントランスに閉じ込められていた。


「…………」

「…………」


 二人にジトッとした目で見つめられたモーリスは、顔を片手で覆ったポーズのまま無言でしばし停止すると、


「……まさに、獅子身中の虫。フフ……。この館はとんでもない猛毒を体内に残した、と言えるでしょう」


 そう発言した瞬間。


「後悔する間もなく死ねッッ!!」


 クロエの嶽寸靠(がくすんこう)が、モーリスのみぞおち付近に抉りこまれた。


「おごえっ!?」


 謎の奇声を上げながらモーリスが吹き飛ぶ。

 そのまま逆サイドの壁まで一直線に飛ぶと、石造りの分厚い壁を突き破って消えていった。ガラガラと大きな石材が崩れ落ちる。


「し、死んだのでは……?」


 冷や汗を流すエルランド。


「お。出口発見! ラッキー!」


 しかし、クロエはそれを一顧だにせず、モーリスが開けた壁の穴へ向かってパタパタと走っていった。

 エルランドも一歩遅れて壁の穴を潜る。

 すると、


「エルランド様。どうやら、この先は通路になっているようですよ」


 モーリスが廊下の先を見つめながらエルランドに声を掛けた。

 ピンピンしてる。怪我どころか、燕尾服に汚れの一つすら付いていない。


「では、参りましょう。お嬢様、お足元お気をつけ下さいませ」

「ありがと」


 二人は、唖然としているエルランドを置いて先へと進んでいく。


「もう、なるべく深く考えないようにしよう……」


 エルランドはそう呟いてから、とぼとぼとその後を追った。


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