第4話 迫りくるからくり



 廊下の天井にも先ほどの不思議な照明が所々配置されていて、やや薄暗いものの探索は問題なく出来そうだった。

 長い廊下の壁沿いには古びた甲冑や埃をかぶった彫像が数メートル感覚で交互に並べられている。

 一行は、ほのかな照明に照らされ不気味に鎮座するそれらの前を歩いていった。


「この館の主だった五代前の当主様は、錬金術師としても名を馳せた御方だったそうです。何でも自称『からくり・ますたー』とか……。いやはや、変態ですな」

「きみほどでは無いと思うよ」

「この館中の不思議な照明も、彼の『からくり』のなせる技なのでしょうね」


 エルランドのツッコミは全く耳に入っていない様子でモーリスが解説する。

 一行が進む廊下はときおり左右に扉が現れるが、その全てがことごとく施錠されていた。


「どうする? こじ開けるか?」

「嫌よ、面倒くさい。それに『幻の楽譜』は、きっとこんなチンケな小部屋に無いわ。もっとこう……なんかスゴい場所にあるのよ」

「そういうものか……?」


 エルランドが苦笑しながら尋ねると、クロエは『ちっちっ』と顔の前で指を振った。

「そうよ。あんた、元冒険者なのに分かってないわねー。どうせ、大した冒険もしてないんでしょ?」

「ふふ。そうかも知れんな。では、今回が素晴らしい冒険の第一歩目だ」


 エルランドが低く笑いながら肩を竦める。


「お嬢様は冒険が大好きでいらっしゃいますからね。幼少期にも山の鍾乳洞や町外れの廃屋などを探検してらっしゃいました」


 先頭を歩きながら、モーリスが懐かしむように言う。


「それに、三年前の夏。旦那様に隠れて、バルトルディ家の坊ちゃまと重ねていた逢瀬……。あれもいわゆる『ひと夏の乙女の冒険』と言え――ごはっ!?」


 首筋にクロエの鋭い手刀がめり込む。

 モーリスの首が一瞬曲がってはいけない方向に曲がり、立っていた甲冑の置物に激突した。ガランガランと盛大な音が鳴って甲冑が倒れる。


「な、ななな、何でそんなこと知ってんのよ!?」


 クロエは顔をりんごのように真っ赤にしていた。純情な乙女の反応と言えよう。殺人拳以外は。


「お嬢様のことで、私が知らぬことなどありませんよ」


 首をコキコキと鳴らしてから、モーリスが爽やかな笑顔で言う。

 そんなどうでもいい会話を、エルランドは驚愕の眼差しで見つめていた。

 クロエがそれに気付き、怪訝そうな顔をする。


「……? 何よ。さっきの話は忘れてよね」

「いや……」


 そうではない。エルランドが見つめていたのは二人では無く、その奥だった。

 ゆっくりと『それ』を指差す。

 クロエが指さされた方向を振り返り、


「どうしたってーの――――」


 絶句する。

 先ほど、モーリスがなぎ倒した甲冑が、独りでに起き上がろうとしていた。

 まるで、中に誰か入っているかのように。


「い、いやぁぁぁー!」


 クロエが意外なほどに驚きエルランドの背中に隠れようとする。


「おいおい」

「お、おばけ……! 無理! マジ無理……!!」


 実はこういった怪談じみたものは苦手なのか、青ざめた顔でがたがたと震えている。

 いよいよ立ち上がったおばけ甲冑が、両手で持った錆びついた剣をふらふらと振りかぶって、近くにいたモーリスに襲いかかる。


「おやおや。私も見くびられたものだ……」


 何を見くびられたの知らないがそれっぽいセリフを吐くモーリスの頭には、いつ取り出したのか『安全第一』と書かれた黄色いヘルメットが被せられていた。

 甲冑が大上段から剣を振り下ろす。


「捉えましたよ……! 真剣――――白刃取り!」


 モーリスが剣を迎え撃つように両手を叩き合わせる。

 ――ガヅン!

 叩き合わせた手の下で、黄色いメットになまくら剣が叩きつけられた。


「…………」


 しばし、時が止まった。

 クロエはエルランドの後ろで頭を抱えてガクガクと震えている。


「何だこの状況は……」


 エルランドが腰砕けになりそうでいると、甲冑が気を取り直したようにエルランドに斬りかかってきた。

 遅い訳では無いが、エルランドにとってはまさに蝿が止まるようなスピードだ。


「フンッ!」


 一閃。

 甲冑のなまくら剣が軽々と弾き飛ばされ廊下に転がる。

 と同時に、


「ザ・デンジャラス執事クラッシュ!」


 モーリスが甲冑の喉元めがけて両腕を交差しながら飛び込む。

 彼の放った、技名は意味不明だが威力は確かなクロスチョップが甲冑を跳ね飛ばすと、甲冑は壁にぶつかってバラバラに四散した。

 転がった鎧の断面からは、パチパチとスパークが弾けている。


「話にもなりませんね……」


 『安全第一』のヘルメットを指先でくるくると回しながら言う。


「思いっきりヘコんでるぞ、そのヘルメット……。これも『からくり』か?」

「でしょう。まさしく『からくり・ますたー』ですね」


 すると、しゃがみこんでいたクロエが恐る恐る顔を上げた。


「おばけ……いなくなった……?」


 涙目になったその表情は、なんだかんだやはり子供らしい。


「ああ。もう大丈夫……だ……」


 手を差し出そうとしたエルランド顔が引き攣る。

 薄暗い廊下の向こうから、大量の甲冑――からくり騎士がくんずほぐれつこちらに走ってきていた。さすがのエルランドもその異様な光景に背筋が冷たくなる。


「や、やっぱりまだいるじゃない……! もういやぁぁぁぁぁぁー!」


 クロエは青ざめた顔で泣きじゃくると、二人を置いて廊下の奥に走り出した。


「あ! 待て……!」


 慌てて追いかけようとするが、もうすでにからくり騎士の群れは目前まで迫っていた。


「執事式・ヴァイオレンス畳返し!」


 モーリスが叫びながら右手で地面を叩く。

 その瞬間、なぜか前方の床が勢い良くめくれ上がり、からくり騎士をなぎ倒しながら道を塞いだ。


「エルランド様。お嬢様を追いましょう」


 モーリスが、剣を構えたままポカンとしていたエルランドに言う。


「あ、ああ……!」


 めくり上がった床も、数の暴力で今にも突破されそうだ。

 二人は消えたクロエの後を追って、廊下の奥へ駆け出していった。


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