第5話 冒険に謎解きは付き物でしょう


 クロエは全速力で走り去ったらしく、中々その姿を捉えることができなかった。

 廊下の角を曲がり、突き当りの階段を登る。

 二階に上がるとまた廊下が続いていたが、今度は片側が窓になっていて曇ってひび割れたガラスから日光が燦々と差し込んでいた。

 廊下は長いものではなく、廊下の突き当りの大きな扉が半分ほど開いていることにすぐ気が付いた。


「…………」


 エルランドとモーリスは目配せすると、扉に駆け寄りゆっくりと中の様子を伺った。

 中はどうやら書斎のようだ。白く埃をかぶった書棚に囲まれるように、木製の大きなデスクが鎮座している。

 クロエはこちらに背を向けて、デスクの上を眺めていた。


「……クロエ。ここにいたのか」


 エルランドが声を掛けると、クロエは振り返ってばつの悪そうな顔で俯いた。


「うん……。その……ごめんなさい。怖くて……」


 革靴のつま先をもじもじ動かす。


「なに、気にするな。無事ならば良かった」

「ほんと……?」


 エルランドの元にとてとてと走り寄って、上目遣いで見上げる。


「ああ」

「モーリスも、ごめん」


 そう言ってクロエがペコリと小さく頭を下げると、モーリスは『あっぱれ』と書かれた金銀の扇子を取り出して、感極まった表情で何度も頷いた。


「うんうん……! いいのです! そのあざとい仕草! お嬢様もだいぶ男心を掴まれたご様子……! 良い! ええぞ! 可愛い! エロ――ぐほっ!」


 モーリスのみぞおちに、少し手加減された拳がめり込む。


「前言撤回よ、この変態……!」


 エルランドはそのやり取りにため息をつくと、クロエに尋ねた。


「さっき、デスクの上を見ていたようだが?」

「あ、そうそう! この部屋で行き止まりみたいなんだけど、何か妙な物があるのよね」


 クロエも気を取り直したように答えて、デスクの方にエルランドを連れて行く。

 大きなデスクの上には大きなピッツァほどの大理石で出来た円盤が置かれ、その脇にアルファベットの掘られたコイン状のチップが散らかっていた。

 円盤の円周に沿って十二個の穴が開いており、チップはどうやらそこにピッタリ嵌まるサイズのようだった。

 円盤の天辺、時計で言う十二時の場所には『C』のチップがすでに嵌め込まれている。


「ね、ここに『円環の理を解する者のみ、コレクションルームへの入室を許可する』って書いてあるのよ」


 クロエが指差したのは円盤の中央に打ち付けられた金属のプレートで、確かにそのプレートにはそう書かれていた。


「コレクションルームよ? もう、『当たり』の匂いがぷんぷんするわ」

「ふむ……」


 確かに貴重な楽譜であれば、そのコレクションルームに保管している可能性は高そうだ。

 しかし、その為にはこの円盤の謎を解かなければならないようだった。


「これは……時計、でしょうか?」


 モーリスも横から覗き込んで発言する。


「確かに、穴の数は時計そのものだが……。チップはアルファベットだぞ。しかも、中途半端な数しか無い」


 チップに掘られたアルファベットは、すでに嵌め込まれた『C』を含め、『A』から『G』の七種類。対して穴の数は十二個だ。

 三人はしばし沈黙して円盤と睨めっこをしたが、やがてクロエが飽きたようにあくびをした。


「ふぁ~。わっかんない! 任せたわ」


 そう言ってデスクと対になった大きな椅子を引き出す。すかさずモーリスがどこからか取り出したハタキで埃を払う。


「どうぞ、お嬢様」


 クロエは、一瞬で新品同然の輝きを取り戻した椅子に座ると、すぐに「すーすー」と寝息を立て始めた。


「……やれやれ」


 エルランドはそれを見て肩を竦めると、再び顎に手を当てて円盤と向かい合った。





「まだ解けないの~?」


 昼寝から起きたクロエが、考え込むエルランドの脇から円盤を覗き込む。

 エルランドもあれから何度か闇雲にチップを嵌めてみたのだが、円盤はうんともすんとも言わない。均等配置や、『C』を基準に順番に並べるのも、全てハズレ。


「エルランド様も必死に考えておられるのです。お嬢様、余りお邪魔にならぬよう……」


 そう言うモーリスは、なぜか徹底的に書斎を掃除していた。すでに雑巾がけまで終え、埃まみれだった書斎は新築のようにピカピカになっている。


「あのな……。手伝うとか、そういう気は無いのか。君たちは」

「えー。分かんないもん」

「申し訳御座いません。汚れた部屋を見るとつい掃除をしたくなるのが執事のさが……。ご容赦を」


 そう言って、どこから持ってきたのかエルランドの前に綺麗なバラの入った花瓶を丁寧に置く。


「そういえば、磨いていて気付いたのですが。この部屋の床には妙な模様が入っておりますね」

「うん……?」


 モーリスが示したデスク前の床を覗き込む。

 板張りの床をモーリスが鏡のように磨き上げたお陰で、入ってきた時は埃で見えなかった組木による模様が姿を表していた。


「これは……。『♯』と『♭』? うーむ…………」

「ずいぶんと変わった装飾でございますね」

「センスが無いわ、センスが」


 すると、ハッとあることに気がついたようにエルランドが手を打ち鳴らした。


「そうか! 『キー』だ!」

「きい……?」


 首をひねるクロエに、エルランドは『F』のチップをつまんで見せた。


「そう! 『調性』だよ!」


 『F』のチップを、すでに嵌められていた『C』の左隣に嵌める。

 続いて『G』のチップを『C』の右隣に。


「F、C、G……? 何のことよ」

「ふふ、音楽の基礎的な知識がなければ解けないようになってるのさ」


 嬉しそうに言って、エルランドは続く『D』のチップを嵌めていく。

 すると、モーリスが『ぽん』と手を叩いた。


「なるほど……! 『C』から右に行くごとに『♯』が、一つづつ増えていっている訳ですな」

「そう。そして、十二個の『キー』で一周する……。まさに時計と同じなんだよ」

「へぇー……。モーリス、あんた何でそんなこと知ってんのよ?」

「勉強致しました。何故なら、世はまさに『音楽ブーム』! お嬢様も乗るしかない。このビッグウェーブに……!」

「ちょっと黙っててくれ」

「はい」


 エルランドはもはや慣れた口調でモーリスを黙らせると、チップを次々と嵌めていった。


「F、C、G、D、A、E……そして、B、と。これで合っているはずだ!」


 最後のチップを嵌めた直後、『うごごご』という低い音とともに書斎の大きな書棚の一つが横にスライドした。


「開いたぞ!」

「きゃー! やったー!」


 クロエが飛び跳ねて喜ぶ。


「この期待を裏切らない『からくり』……。たまりませんな」


 書棚の奥は下へ向かう石造りの狭い階段になっていた。どこまで続いているのか、先は真っ暗で見えない。


「例の照明も無しか……」


 エルランドはバックパックからランタンを取り出し、手早く付けると、


「……よし。行こう」


 二人を先導するように階段へ足を踏み入れた。


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