第6話 コレクションルームは死の香り


暗く長い階段をひたすら降りていくと、やがて鉄の扉に突き当たった。

 扉には『コレクションルーム』と書かれたプレートがぶら下げられていた。


「いよいよね……」

「……開けるぞ」


 半ば錆びついた扉は重く、軋む音を立てながらゆっくりと開いた。

 部屋は広いようで、ランタンの明かりは部屋の全容を照らしきれていない。

 しかし、エルランド達が一歩部屋に踏み込むと、突如として『あの照明』の光が部屋中を照らした。


「む……」


 眩しさに顔をしかめる。

 隣で、クロエが感嘆の声を上げた。


「わぁ……。何か凄いわね。これ全部からくり?」


 部屋には棚や台座が並べられ、その全てに得体の知れない発明品のたぐいが陳列されていた。

 クロエがその中の一つに近づいていく。ひと一人入れそうな大きさの箱に小さな穴が空いているだけの、シンプルな物だ。

 目を細め、発明品の横の小さな説明書きを読み上げる。


「えーと、なになに……。『全自動イワシの骨抜き機』。小さな骨は大量に残る場合があります……って、だめじゃんそれ」


 呆れるクロエの隣では、モーリスが興味深そうに棚から緑色の液体の入った小瓶を取り出し、ちゃぷちゃぷと振っていた。


「くだらない発明も多いようですな。これは……『大量殺人ウイルス』、ですか」

「ぶっ……! ちょっと! ヤバいやつじゃん!」

「お、おい! 棚に戻せ!」

「あ……」


 モーリスの手から薬瓶が滑り落ちる。


『ああああっ……!』


 エルランドとクロエの叫ぶ声がハモる。

 薬瓶はスローモーションで自由落下して――――途中でふわふわと止まった。


「あ……?」


 無重力のように浮かぶ瓶を、モーリスが両手をわきわきと動かしながら操ってるような仕草で弄ぶ。

 右へ、左へ。触れていないモーリスの手に導かれて動き回る瓶は、


「むぅぅん!」


 彼の気合の声とともに顔の高さまで浮かび上がると、静かに棚の元の位置に戻った。


「はっはっは。どうですか。驚いたでしょう? 奇術の一種でございます。これをやると、合コンで非常に受けがいい――あれ? 怒っていらっしゃる?」


 怒りのオーラに包まれた二人を見て、モーリスが口を閉じる。

 モーリスに向かって駆け出したクロエを、エルランドももはや止めなかった。


「金剛(こんごう)……! 崋山(かざん)……!」

「ごはっ! ぬおっ!?」


 鋭い踏み込みからの鳩尾に抉りこむような右肘打ち。そのまま流れるように回転した左肩による当て身がモーリスの腹部に叩き込まれる。

 さらにもう半回転。躍動する円の動きに、周囲の空気がつむじのように舞い上がった――気がする。


「托天掌(たくてんしょう)ーーーッ!!」

「ぐはぁぁぁッ!」


 打撃を与えながら二回転分の遠心力を蓄えた掌打が、モーリスの顎先を貫いた。

 真っ直ぐに吹き飛んだモーリスは、そのまま部屋の奥に合った巨大な装置の入り口に突っ込んでいった。大小のパイプが張り巡らされた複雑な装置だ。

 モーリスが突っ込んでいったのは、ちょうど人間大の何かを装置の中に入れる受け口になっていたらしい。

 受け口から顔を出し苦悶の表情で手を伸ばす。


「く……! 奥義・金剛崋山托天掌が完成していたとは……! だが、私が死のうとも第二、第三の執事が――」

「いいからさっさと逝きなさい」


 クロエが冷酷にも受け口上部についていた蓋を『ばかん!』と閉めた。


「あああ! ゴム体――もとい、ご無体なッ……!」


 『ごうん、ごうん』と低い駆動音がして、モーリスの断末魔が装置の奥へ消えていく。


「……で。いったい、何の装置なんだ?」


 口元を引き攣らせながらエルランドが尋ねると、クロエは肩を竦めてから横の説明書きを読んだ。


「さあ? えっと……、あ。『雌雄転換装置』だって」

「ああ、そう……」


 エルランドが立ちくらみを堪えていると、装置から『チーン』というベルの音が鳴って、受け口の蓋が開いた。

 のそのそとモーリスが這い出てくる。


「うーん……。私はいったい……」


 その声音は、鈴の鳴るような少女の声だった。


「あー。完全に女の子になってる……。しかも可愛いし」


 モーリスがどこからか手鏡を取り出し自分の顔を見る。

 背もクロエより少し高い程度まで縮んでいて、なぜか分からないが服のサイズまでそれに合わせられていた。


「これが……私……?」


 何故か感動したように言うモーリスだったが、直後『ぷしゅー』と空気の抜けるような音がすると、たちまち元の男の姿に戻った。服ごと。


「おや? 戻ってしまいました」


 エルランドがとうとうぐったりとしゃがみ込む。


「何なんだ、この技術は……」

「さあ……。やっぱり頭が良すぎると変態になるのかしらね」


 どうでも良さそうに言うクロエ。


「さて、ご両人。茶番はここまでにして、『楽譜』を探しましょうか」

「お前が言うな、お前が」

「どうやら、もう一部屋あるようでございますよ」


 つかつかと歩いていくモーリスに、エルランドは渋々立ち上がって付いていった。




 コレクションルームから続く奥の部屋は、小部屋になっていた。

 室内に陳列されているものは一点だけで、それは向かって正面の壁に掛けてあった。


「金属板、か……?」


 それは八角形をした、銀色に鈍く輝く金属製の板だった。

 「ふっ」と息を吹きかけると、表面に薄く積もった埃がパッと舞う。

 板の表面には、長短の規則的な細いスリットが渦を巻くように空けられていた。


「……? まったく用途が分からんな……。とにかく、楽譜で無いことは確かだが」


 すると、横の説明書きを呼んでいたクロエが声を上げた。


「待って! やっぱりこれが『幻の楽譜』よ!」

「なに? だが、こんな楽譜は見たことが無いぞ」


 エルランドもクロエの横から説明書きを読んだ。



 ――『我が技術の集大成として。

     吾輩の作り出しし至上の音楽をここに残す。

      ダフニス十一世』



「なるほど……。何らかの方法でこの金属板に音楽を残したのだろう。確かに、そういった意味では『楽譜』か……」


 改めて金属板を眺めながら呟く。


「でも、どうやって聴くのよ」


 クロエが尋ねると、突如現れた女性の声がそれに答えた。


「そうね。なにか、これを再生する『からくり』があるのかもしれないわよ」


 驚いて振り返る。


「あら? また女になってるわね」


 今度は妖艶な大人の女性に変身したモーリスが立っていた。


「何だか不安定みたい――――あ、戻りました」


 空気音で再び元に戻る。


「どうなってるんだ、君の身体は……」

「あの装置のせいですので、私にはどうにも。とにかく、それを再生する『からくり』を探しましょう」

「この金属板、壁から外せるな。ちと重いが持っていくか」


 エルランドが金属板を壁から外し、両手で抱える。中々の大きさだが薄いため、持ち運べない重さではない。


「む?」


 金属板を取り外すと、裏の壁にもう一枚プレートが嵌め込んであった。


「『最上階、天球の間にて音楽は蘇る』……。なるほど。どうやら目標は最上階のようだ」

「って言っても、あたしたちここまでほぼ一本道で来たけど?」


 確かに、扉は全て閉ざされていて階段も一箇所だけだった。


「戻ってしらみ潰しに開けるか……? あの甲冑どももいるし、骨が折れるな」

「コレクションルームをまだ探索しきれておりませんので、まずここを調べきるのが得策かと……」

「何か急に普通に言われるとムカつくわね」

「……行こうか」


 心の中でクロエの言葉に同意しつつ、エルランドは金属板を抱えて小部屋を出た。


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