第7話 タワー・オブ・ダフニス


 モーリスの言う通り、棚や装置達の影を調べると、そこにはもう一つ別の部屋への入り口が隠れていた。


「スライド式の扉だったから気付かなかったのか」


 軽量な金属製の扉をスライドさせ、慎重に中に入る。


「変わった部屋だけど……、何にも無いわね」


 部屋の中は石壁に囲まれた殺風景なもので、先ほどの小部屋より更に狭い。


「壁の手前に何か……」


 エルランドが石壁に触れようとすると、その手前で何かにぶつかって手が止まった。


「これは、ガラスか……! 全面がガラス張りだ!」


 ペタペタと透明の壁に触れる。よく見ると、床と天井以外の四方を透明度の高いガラスが囲っているようだった。


「ほえ~。凄いね。こんな透明なガラス、あたしも見たこと無いよ」

「こちらは何でしょうか?」


 モーリスが扉の脇にあるレバーを示して言う。

 レバーは現在、『下』と書かれた方向に下ろされている。当然の様に、その逆側には『上』と書かれていた。


「レバーね」

「レバーだな。明らかに」

「動かしたら?」

「……このやり取り、二度目だな」


 エルランドは溜息をつくと、意を決したようにレバーを握った。


「動かさなければ始まるまい」


 思い切ってレバーを上げる。やや思い感触を伴って、レバーはしっかりと『上』と書かれた位置まで上がりきって止まった。


「さあ、どうなる……!?」


 身構える一行。

 すると突然、扉が勝手にしまった。

 直後、妙な浮遊感に襲われ、たたらを踏む。


「な、なんだ……!?」

「どうやら部屋ごと動いているようです……!」

「き、気持ち悪っ……!」


 周囲の石壁の模様が下へ下へと流れていく。

 そのスピードはみるみるうちに増していった。

 不意にまばゆい光が室内に差し込む。

 石壁が急に無くなり、ガラス張りの部屋が剥き出しになった状態で上昇しているのだ。

 恐ろしい高さに総毛立つ。遠くに、ヴィヴァーチェの街並みが小さく見えた。

 このまま最上階まで連れて行かれるのか。


「た、高い高い高い……! おえっ……。ちょ、もう無理……!」

「あ! お嬢様、いけません!」


 目をぐるぐると回したクロエが、レバーを操作しようとしてモーリスに止められる。

 しかし、それを押しのけると恐るべき馬鹿力でレバーを動かし――――

 『ばきん!』と言う音とともに、レバーをもぎ取った。


「ああ! 壊してどうするんだ!?」

「まだ直せるかも知れません。お嬢様、レバーを!」

「無理! もう止めてー!!」


 もみくちゃで取っ組み合う三人。

 すると、クロエの願いが届いたのか小部屋の上昇が止まった。


「良かった、止まっ――いっやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 ホッとする暇もなく、今度は物凄い勢いで落下し始めた。


「おおおっ……!?」


 身体が足元から浮かび上がった。内臓が浮き出そうなゾワゾワした感覚に身の毛がよだつ。


「はっはっは! 見て下さい! 新技、『執事式・ゼログラヴィティ』! どうです!?」

「どうでもいいに決まって――うおっ!?」


 急停止でエルランドは危うく舌を噛みそうになった。


「へぶっ!」


 浮遊を楽しんでいたモーリスが顎から着地して変な声を上げる。

 立て続けに、今度は先ほどとは比べ物にならない早さで再び上昇し始めた。


「あああ……!」


 膝を折って身体を支える。

 落下、上昇、落下、落下、上昇。エルランド達はマラカスの中身のように、とんでもないスピードでシェイクされていった。

 クロエが早い段階で目を渦巻きにして気絶していたのは、不幸中の幸いだったかも知れない。


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