第2話 金持ち少女と変態執事
カウンターの前に出した椅子に座る少女に、エルランドは困ったような声を上げた。
「『宝探しの護衛をして欲しい』と言われてもだな……」
「何よ、ダメなの?」
「私は楽譜屋であって、用心棒じゃないんだが」
「楽譜屋が用心棒をやっちゃいけない決まりは無いわよ」
「あのな……」
どっと疲れる。
やっぱり早くお引き取り願って、もう今日は店じまいにしよう。
エルランドがそんなことを考えていると、少女がにやりと笑って口を開いた。
「あたし、知ってるのよ。あなた、相当腕の立つ冒険者だったらしいじゃない」
ぴくっと反応したエルランドに、少女が勝ち誇った微笑を浮かべた。
「やっぱり。あのね、目標の『お宝』は家の五代前のおじいちゃんが隠し持ってたっていう『幻の楽譜』なのよ。なんでもちょっと普通じゃない特殊な楽譜らしいんだけど……。ね、楽譜屋にも関係あるでしょ?」
「幻の楽譜、ね……」
そう言われてしまっては、全く興味が無いわけでは無くなってくる。
「五代前と言ったら〈ゲネラルパウゼ〉の前か……。確か、当時は『神器への冒涜』にあたるとして、楽譜の作成は高位の聖職者以外禁じられていたのでは無かったかな?」
「こっそり隠れて作ってたんじゃない? 変わり者だったらしくてさ。どう?」
「本当だとすれば百余年前の楽曲か。凄いな……。しかし、うーむ……」
しかし、それでも顎に手を当てて唸るエルランドに少女は痺れを切らすと、
「もう! 煮えきらないわね! ……モーリス!」
少女がパチン、と指を鳴らす。
「……? 何を――うわっ!?」
エルランドが尋ねるのを食うように、カウンターの下から『ぬっ』っと一人の若い男が現れた。
細く怜悧な顔。黒髪をオールバックに撫で付け、ピシっとしたシンプルな燕尾服を着こなしている。
「な、ななな……!? いつの間に!?」
いつの間に店内に入ったのか、全く気配がなかった。
自分に気付かれずに近づける者など、エルランドが知る限りでは数えるほどしかいない。
若者は狼狽えるエルランドを気にした風もなく、深々と最敬礼した。
「エルランド様。執事のモーリスと申します。以後、宜しくお見知りおきを」
「モーリス。あれを」
少女が言うとモーリスは背後から大きな革のバッグを取り出してカウンターに置いた。
「どこから出したんだ、今……」
エルランドの疑問を聞き流しつつ、モーリスが白い手袋をはめた手で鞄を開ける。
その中には、大量の紙幣が詰め込まれていた。
エルランドが絶句していると、少女が口を開いた。
「これが今回の報酬よ」
この額ならば、二ヶ月分の家賃どころか再来月分まで払えるだろう。
「いや、しかしこんな大金を子供から……!」
「大金? あたしの二ヶ月分のお小遣いなんだけど」
「か、格差社会……」
エルランドが絶望したようにカウンターに突っ伏す。顔だけ上げて少女に尋ねた。
「君は、いったい何者なんだい?」
「そういえば、自己紹介がまだだったわね。あたしは〈クロエ〉。ダフニス家の次女よ」
「クロエ様付きの執事、モーリスで御座います」
少女に続いて、モーリスも改めて自己紹介すると恭しく頭を下げた。
「ダフニス家……!」
この楽都ヴィヴァーチェの中でも指折りに有力な貴族だ。かなりの富と力を持っているが、他の貴族と違って社交界に顔を出さないことで有名で、その実態は謎に包まれている……という噂だ。
「ダフニス家の不思議な楽譜、か……」
俄然、信憑性が出てきた。なかなか面白いかも知れない。
それに、背に腹は変えられないのだ。
「依頼の詳細をお伝えしてもよろしいでしょうか?」
エルランドの心中を見透かしたようにモーリスが言う。
そして、どこからともなく大きな黒板をゴロゴロと取り出すと、チョークで『旧ダフニス別邸楽譜奪還作戦』と美麗な文字で書き連ねる。
「ちょっと待て! どこから来たその黒板!?」
立ち上がって言うエルランドにモーリスは至って変わらぬ無表情で、
「エルランド様。執事たるもの、黒板ごとき何処ででも取り出せねばなりません」
「関係ないだろ……。いい、続けてくれ……」
エルランドが疲弊しながら座ると、モーリスは説明を始めた。
いつの間にか、頭にはオリーブ色のベレー帽をかぶっている。もはや、どこから出したのかは聞く気も起きない。
「諸君には、明朝〇九三〇時、この『旧ダフニス別邸』に突入してもらう! 内部の状況は不明。様々な困難が待ち受けるだろう……。これは『戦闘のエリート』である我々にしか遂行できぬ作戦なのだッッ!」
「勝手に変なものにしないでくれ」
突然のハイテンションに驚きつつもツッコミを入れるエルランドだったが、モーリスは当然聞いていない。
「まず、この資料を見て欲しい!」
モーリスが小さな紙の冊子を二人に配る。
その表紙には『きゅうダフニスべっていさくせん たびのしおり』と可愛らしい丸文字で書いてあった。
「これを製作するのに、三日徹夜しました」
急に素に戻って言うモーリス。
「ああ、そう……」
クロエも呆れたようにモーリスを見ている。
「アッテンションッ! ではッ! 順を追って説明するッ!」
そして再びのハイテンションで作戦の説明を始めるモーリスの前で、二人はペラペラと『たびのしおり』のページをめくっていった。
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