第36話 先行者
◆
『火薬』の破裂音と共にウォルフガングの持つ『銃』から小さな金属球が射出される。
目の前、〈アボイド〉が低空から迫っていた。
金色の翅を持つ巨大な蛾の身体にくっついているのは、涎を垂らす野犬のような顔。
鉛の弾丸が冒涜的とも言える姿のアボイドの身体に命中すると、『ゲギャッ』と汚らしい悲鳴を上げてアボイドが地に落ちる。
「おらぁ!」
そこにウォルフガングの近くにいた戦士風の男が飛びかかる。男が大振りな剣を振り下ろすと、野犬のような頭部は紫色の液体を撒き散らしながら宙を舞った。
「ちっ。次から次と湧いて出やがる」
男は、まだピクピクと翅を痙攣させるアボイドの死体を蹴り飛ばしながら吐き捨てた。
「しかし、何回見てもすげぇ武器ですな。旦那のその銃とやらは」
ウォルフガングの隣にいた、もう一人の男が感嘆する。
現在、ウォルフガングの周囲には六人の傭兵たちが彼を取り巻くように立っていた。
皆、金で雇った連中だ。
アボイド、戦争、侵略……。戦いが身近な今、大きな都市に行けばこの手合の連中は掃いて捨てるほどいる。
「無駄口は叩くな。だいぶ奥まで来たが、道順は大丈夫なんだろうな」
「へい。少々お待ちを。おい――」
傭兵同士で集まり、合っているのかも分からない地図を見ながら話し合うのを、ウォルフガングは銃に火薬と次の弾丸を込めながら軽蔑した眼差しで眺めた。
予備の弾丸や火薬、食料(もちろん、自分の分だけだが)を詰め込んだバックパックが、濃いオリーブ色をした教皇庁の正式な旅装束の肩に喰い込む。
〈音詠みの聖譜〉だけは、丁寧に旅装束の中にしまいこんでいた。
「お待たせしやした。旦那、こっちですぜ」
一人の傭兵が分岐した山道の片方を先導していく。
「きちんと到着せんと、残りの金は払わんぞ」
「心配しねぇでくださいよ。南方の蛮族戦線に比べたら、こんなところ屁でもねぇや。なぁ?」
慣れない山歩きにイラつきながら言うウォルフガングに先導する男がそう返すと、周囲の傭兵たちも肯定の笑い声を低く上げた。
先導する戦士風の男――確か『フェリック』とか言った傭兵たちのリーダーだが、その日に焼けた肌と逆立てた短髪がウォルフガングは何となく気に入らなかった。
アボイドの気配は今のところ無い。
フェリックは相変わらず無駄口を叩きながら歩いて行く。
「なんせ、とんでもねぇ額の報酬だ。これが終わったら田舎にでも引っ込んで――――おっと、こいつぁ……」
フェリックが立ち止まる。
一行の目の前に、大きな天然の洞窟の入り口がポッカリと口を開けていた。
「……間違いない。ここだ」
洞窟の内部を覗き込みながらウォルフガングが言う。
傭兵たちは無言で目配せをすると、各々の荷物からランタンを取り出して点火し始めた。
ウォルフガングもその一つを受け取り、一行はランタンをかざしながら侵入していく。
「おいおい、すげえぞこりゃ!」
男たちが色めき出した。
何故なら、洞窟の岩壁のいたる所に金鉱石の鉱脈が露出し、ランタンの光をきらきらと跳ね返しているのだ。
とてつもない規模の金鉱脈だ。それこそ一生遊んで暮らせそうな程のお宝だが……。
「くだらん。そんなもので足を止めるな。進むぞ」
ウォルフガングは石ころでも眺めるような目で金脈を見ながら鼻を鳴らすと、目を輝かせるフェリック達を急かした。
「あ、ああ。くそ、ピッケルを持ってくるんだったぜ……」
悔しそうな声を洩らすフェリックの後ろを、ウォルフガングは黙ってついていった。
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