第3話 月下の逃走

 木々の間を縫うようにすり抜けて行く。


「待って……エル……!」

「すまない、出来る限り走ってくれ!」


 右に左に、ひたすら走る。

 当然、闇雲に走ったとてエルランドが森の中で道に迷うことなど無い。

 だが……。


(まずいな……囲まれ始めている)


 周囲から感じる気配は、すでに数十に達していた。

 一人なら容易く撒くことが出来るが、センリの手を引きながらではそうもいかない。

 センリは懸命に走っているが、すでに限界が近いのだろう。そのペースは次第に遅くなっていた。

 周囲の気配も、その距離をどんどん縮めてきている。


「……!?」


 茂みの低木を掻き分けていると、突然、地面が柔らかな草から硬い石畳に変わった。

 森が途切れ、視界が開ける。


「これは……遺跡か……!?」


 驚いて立ち止まった二人の目の前には、古いピラミッド状の遺跡群が月明かりに照らされ佇んでいた。


「はぁ……はぁ……。もう……無理……」


 センリが息も絶え絶えに地面にしゃがみこむ。


「……ここに入るしかない、か」


 遺跡群の奥まった場所にある一際大きなピラミッドだけ、その入り口をぽっかりと開けて不気味に待ち構えている。

 まるで誘われているようで釈然としなかったが、完全に気配に囲まれ、他に逃げ道は無かった。


「センリ、あそこに隠れてやり過ごそう。もう少し頑張ってくれ」

「……うん」


 センリの手を取る。

 しかし、一瞬遅かった。


『ギィィ!』


 森の中から一匹の大サソリが飛び出し、後方にいたセンリに襲いかかる。


「あっ……!」


 慌てて逃げようとしたセンリは、足をもつれさせ地面へと倒れこんでしまった。

 大サソリの毒針が、恐怖で固まったセンリへと迫る。

 緑の毒液を滴らせる針が、センリの白い首筋に……


「フッ!」


 その瞬間、エルランドの剣が一瞬で鞘から抜かれ、翻った。

 一閃。

 鋭い太刀筋が、毒針の付いた尾を半ばから断ち切った。


『ギィッ……!』


 紫色の体液を撒き散らしながら、大サソリがのたうち回る。


「センリ、行くぞ!」


 腰を抜かしかけているセンリの手を無理やり引くと、再び遺跡の入り口へ走り出す。

 しかし、敵はすでに遺跡の敷地内へも侵入していた。四方八方から大サソリが襲い掛かる。

 エルランドは驚異的な剣撃でそれを一匹ずつ切り倒していった。手を引かれるセンリも、半ば目をつぶる様にして懸命に走っている。


 だが――


「数が多すぎる……!」


 いくら切り倒しても、まるで減っている様子がない。

 振り返れば、走ってきた道は大サソリの群れに埋め尽くされていた。

 遺跡の入り口まであと少し。

 エルランドは立ちはだかった大サソリを渾身の一振りで斬り倒し、その脇をすり抜けるように駆ける。

 そのとき突然、踏み込んだ地面の反応に異変が起きた。


「――!?」


 足元の石畳の地面が、ガラガラと崩れ始めたのだ。


「エル……!」

「掴まれ!」


 エルランドが差し出した腕を、センリは両手でしっかりと抱きしめた。

 恐らく、遺跡の地下は空洞だったのだろう。半径数メートルの地面が、エルランド達もろとも地下へと崩れ落ちていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る