第28話 生ける神器


 明朝一番、エルランド達は長の館の中庭に赴いた。今度はトレイスも一緒だ。

 花の手入れをしていたオスカルバルデスに昨夜のセンリの決意を伝えると、彼は、一言「そうか……」と言って目を閉じ沈黙した。


「……決して無茶をするでないぞ。ピリオド派は、どんな手管を用意しておるかわからんからな。それに……一番の問題は『神器の場所』じゃ」

「と、言いますと……?」


 エルランドが問い返す。


「聖譜に浮かび上がった封じられし神器〈アース・ドラム〉……。示された場所は、『黄金絶島〈フィンランディア〉』じゃ」

「お、おい! フィンランディアっつったら、正規軍もまだ手を付けられてない『アボイドの巣窟』じゃねぇか!?」


 目を丸くするトレイスに、オスカルバルデスが頷き返す。


「いかにも。しかも、ただのアボイドの巣では無いぞ」


 彼の言葉を引き継ぐように、エルランドが顎に手を当てながら口を開いた。


「強化型アボイド、『クラスター』…………」


 トレイスが息を呑む。


「そう。クラスター〈ゴルドベルグ〉……それが、あの島の神器を守っておる」

「あの……『くらすたー』って?」


 センリが目をぱちくりさせながら聞くと、トレイスがそれに答えた。


「簡単に言やぁ、デカくて強いアボイドの事だよ。俺とエルも前に一度戦った事がある。あの時は、村一つをぐるっと取り巻けるくらいデカい双頭の大蛇だったが……」

「そうなんだ、村一つ――――って、えぇぇ~!?」


 ちょっと想像も及ばないスケール感に、センリは口元を引き攣らせながら後ずさった。


「や、やっぱり、わたしやめとこうかなぁ~……なんて」

「大丈夫だ、センリ。私もトレイスもいる。……と、言いたいところだが」

「肝心の俺達が丸腰じゃあな」


 トレイスの言葉にエルランドが頷く。彼の剣は、アイネとの戦闘のときに置き去りになったままだった。


「俺の弓も、あの崖落ちでガタが来ちまってるぜ。あれじゃ、野兎もまともに狩れねぇな」


 そういえば、いつも背負っていたはずの大弓と矢筒が今は見当たらない。


「長殿。ここから一番近い都市は?」

「港町のスピッカート。それなりに大きな街じゃが、ここから往復で一週間は掛かる」

「一週間……」

「おいおい、そんな悠長なことやってたら神器をかっぱらわれちまうぜ!?」

「さよう。奴らは、すぐにでもフィンランディアに向かうじゃろう」

「むう……」


 エルランドが腕を組んで困ったように考え込む。


「なに、武器については何とかならんことも無い。フィーネ! あれを!」


 オスカルバルデスが屋内の方へ呼びかけると、しばらくしてフィーネが中庭にしずしずと現れた。その両手には真っ白な大弓と矢筒が抱えられている。


「フィーネ。それをトレイス殿に」


 トレイスはフィーネからその弓矢を手渡されると、それをまじまじと観察した。


「これは……。噂に名高い『賢人の弓』か!」


 トレイスの言葉にオスカルバルデスが頷く。


「いかにも。わしらソラネルは争いを好まぬゆえ、武器として使えるのは狩猟用の弓だけ。ただし、その伝統的技法と素材により作られた弓は他に類を見ない至高の品じゃ」

「この軽さと靭やかさは、噂以上だな……。売りに出せば数年は遊んで暮らせるぜ」


 軽く引き絞りながら感嘆の声を洩らす。


「おい、トレイス……!」

「冗談だよ。冗談」

「状況をわきまえろ」

「はは、良い良い。さて、次はエルランド殿の剣じゃが……。今言った通り、我らは剣を握るを否とする種族」


 エルランドが無言で頷く。その事を知っていたからこそ、悩んでいたのだった。


「しかし、じゃ。この郷に唯一、一振りだけ『剣』が存在しておる」

「なんと!? いったい何処に……!?」


 驚くエルランドにニヤリと笑って返すと、オスカルバルデスは天井を指で差し示した。


「この郷にある、神器〈ディヴァイン・フルート〉……。その足元に、ソラネルに伝わる宝剣〈下弦の月〉は鎮座しておる」

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