第9話 別れの気配
通り沿いの『銀のたまご亭』は、昼時の賑わいで混み合っていた。
奥の席に座るエルランド達三人を気にかける者は一人もいない。
「――というわけだ」
エルランドはすでに遺跡の地下、〈生命の胎動〉での一部始終をトレイスに伝え終わっていた。
「マジかよ……。〈神器〉……本当にあったのか……」
トレイスはテーブルの一点を見つめたまま、信じられないといった様子で呟いた。
「あぁ。それに、あの時のセンリ……。あれは紛れも無く『音楽』に違いない」
「その『音楽』ってのが一体どんなもんかは分からねぇがよ……」
「私も伝承を聞きかじっていた程度だよ。しかし、途方も無い力を感じた。百年前はあんな力が地上に溢れていたなどとは……」
センリはアイスハーブティーの大きなグラスを両手で持ったまま黙って話を聞いていた。
二人は気にせず話を続ける。
「なんだってこいつにそんなことが出来たんだ?」
と、トレイスがセンリの頭に手を置いて言う。
エルランドは、重そうに首を縮めるセンリを気にするでもなく、腕を組み難しそうな顔をしながら低く呟いた。
「全く分からん。偶然か……。それとも、センリの失われた記憶に関係があるのか」
「〈神器〉は『ゲネラルパウゼ』で喪失したんじゃなく、封じられただけってことだろ? じゃあ、話通りその封が解けたならアボイドも戦争も、これで全部解決ってことか? 何も変わったような気がしねーんだが……」
トレイスの疑問に、エルランドはゆっくりと首を横に振って答えた。
「〈神器〉は一つではない。そんなに単純な話ではなさそうだ」
「でも、こいつが〈神器〉の封印を解く何かを持ってるのは間違いないんだろ!? なら、どんどん封印を解いて回りゃいつか……」
「今回はたまたま発見したが、他の〈神器〉の場所は知ることが出来ない。それに……」
「それに?」
「……センリに捜索願いが出されていた」
「え!? 本当……!?」
今まで自分の話をされていたというのに何だか蚊帳の外だったセンリだが、これには思わず声をあげた。
それにエルランドが頷き返す。
「しかも、届け出の出処は〈教皇庁〉からだ。だから、センリを明日にでも教皇庁の東方支部に連れていかなければならない」
「教皇庁か……」
トレイスが考えこむように腕組みして低く唸る。
センリの身元がわかったというのに、エルランドとトレイスの顔はとても晴れやかと言えるものでは無かった。
「エルは……。エルはそのあとどうするの?」
センリが不安げにエルランドを見る。
「そうだな……。そこでお別れになるだろう」
「そんな…………」
「なに、大丈夫だよ。それに、やっと家に帰れるんじゃないか。喜ぶべきことだよ」
「そうそう。ちびっ子は何も心配しなくていいの」
トレイスにまたしても子供扱いされたセンリだが、それよりもエルランドと離れることに言いようのない不安と寂しさを感じて、怒るでもなく俯いてしまった。
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