第8話 らいおんハート?

 

 夜の内に降った雨も、朝には綺麗に上がっていた。

 朝から忙しそうな人の波の中を、エルランドとセンリは街の中心へ向かって歩いていく。

 やがて一際大きな建物の前で、エルランドはその足を止めた。


「エル、ここは?」

「この街の行政の中心部だ。もしかしたら、君の捜索願いが出されているかもしれんからな。すまないが、しばらくここで待っていてくれ」


 エルランドはそう言うとセンリを建物の片隅に待たせて、建物へと入っていった。

 手持ちぶさたになったセンリは、壁にもたれかかってしばらく通りを眺めていた。

 行き交う人々は別段センリの姿を気に留めることはない。

 と、エルの入っていった建物から、金属の鎧を身に纏った一団が出てきた。


(あれが、ヴューテン……?)


 身体は鎧に隠されて見えないが、豊かに蓄えた金色のたてがみとその中心にある顔は、まさに獅子だ。

 勇猛な力強さと、気高い品格を漂わせている。

 獅子の一団は、鎧を鳴らしながら口数も少なく通りの向こうへ消えていった。

 その後ろ姿をぼんやりと見送っていると……。


「よ。何してんだよ、こんなところで」

「わぁっ!」


 突然、横から声を掛けられたセンリが驚いて振り返ると、そこには昨日の男――トレイスが立っていた。


「一人か? ちびっ子」

「……エルを待ってるの」


 通りに向き直り、警戒心に満ち満ちた声色で返す。


「んだよ、まだ怒ってんのか?」


 トレイスは軽薄な仕草で肩をすくめると、苦笑しながら言った。


(エルは騙されてるのよ、きっと……)


 センリは、先ほどの凛とした〈ヴューテン〉達と、今となりにいるチャラチャラした男を比べて、昨夜のエルランドのトレイスに関する話がにわかに信じられなくなった。


「なぁ、ちびっ子」

「……センリ」

「悪い悪い、センリ。なんかワケありなんか? エルが誰かを連れて歩くなんて、珍しいからよ」


 トレイスはそう尋ねると、センリの横にしゃがみこんで壁にもたれた。しゃがみこんだ顔の高さが、立っているセンリとさほど変わらない。


「…………別に」

「なんだよ、機嫌治せよ。ほら、俺あれだからよ、好きな子に意地悪しちゃうタイプってやつ? だから許せ! な?」


 両手を合わせて謝るトレイス。


「……ぷっ。なにそれ! ふふ……」


 何だか、センリは怒っているのが急に馬鹿らしくなって、吹き出してしまった。


「お、ようやく笑ったな!」

「もう……! あのね――」


 センリはぽつぽつと〈レッジェーロ〉に来るまでの話をし始めた。

 気が付いたら森の中だったこと。エルとの出会い。アボイドとの遭遇。

 トレイスはそれに相槌を打ちながら聞いている。

 不思議な人だ。センリは話しながらそう思った。

 いつの間にか、自然とこちらの心の内側まで踏み込んで来ている。だが、その距離感がなんだか妙に心地いい。

 時折挟んでくる冗談に笑顔を浮かべながら、センリは話を続けた。


「それでね、なんか遺跡? の地下に落ちちゃったんだけど……」


 だがそれも、神殿の地下での話に至ったとき、ぴたりと止まってしまった。

 分からないことが多すぎる。

 何かがあったことは確かだが、気を失ってしまったらしく記憶に残っていないし、エルも詳しく話そうとはしてくれなかった。


「えーと……。なんか、神器ってのが置いてあって、エルが『せーめーのたいどー』とか言ってたんだけど……」

「はぁ? 嘘だろ? なんの冗談だよ」


 ヘラヘラしていたトレイスの顔色が微妙にこわばる。

 と――


「そこからは、私が説明しようか」


 いつの間にか横に来ていたエルランドが、二人に声を掛けた。


「エル!」

「待たせて悪かったな、センリ」

「おい、エル。どういうこった。〈神器〉だと? お前、何か妙なことに――」


 立ち上がって問いかけるトレイスをエルランドは手で遮ると、


「待て。ここじゃなんだ、場所を変えよう。センリも、行こう」


 そう言って通りへと歩き出した。


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