エターナル・ライン ~狐人と少女の物語~
武家諸ハット
第一章
第1話 森の中の出会い
ぱちぱちと跳ねる焚き火が、草木の影を揺らしている。
聴こえるのは、火の粉と木々の葉の囁き、そして微かな虫の声だけだった。
「静かな夜だな」
焚き火の前に座る人影が呟いた。
中性的でまっすぐな声の持ち主だ。ごく普通の旅装束に見を包んだしなやかな手足や身体つきから、二十そこらの人間の若者に見える。
だが、ピンと立った耳に、スラリと伸びた口元、白く柔らかそうな短毛に覆われたその相貌は、美しい狐のものだ。
この近辺に住むものが見れば、この大陸に数種存在する〈亜人〉の中の一種族、〈フィエール〉と呼ばれる種族だということはすぐに分かるだろう。
その傍らには鞘に入った剣が置かれている。
――その剣を、ふいにその人影が手にとった。
静かに跪き、数メートル先の茂みを注視する。よく見ると、微かに茂みの低木が揺れていた。
(一匹。大型ではないな。野生動物か……? だが、油断は禁物……)
息を吐き出しながら、ぐっと上体を縮める。
そして次の瞬間、全身のバネを使うように前方に跳躍した。
同時に剣を鞘から抜き放ち、剣先を茂みの奥に突きつける。が――
「わぁ……!」
茂みの奥から聞こえたのは、なんとも気の抜けるような声だった。
「……何者だ」
剣を突きつけたまま問う。
その切っ先の向こうには、一人の少女が尻餅をついてしゃがんでいた。
「はわわわ……!」
少女は慌てきった様子で、尻もちのままずりずりと後退していく。
「……。落ち着け」
人影は軽く溜息を付くと、左手に持った鞘に剣を戻して言った。
すると、少女は近くの木の影から顔だけ出した状態で、おずおずと口を開いた。
「……き……きつねのおばけ……?」
「誰がだ、ばか者」
狐のおばけと言われた人影は、今度こそ大きく溜息をついた。
◆ ◆ ◆
二人で焚き火を挟んで座ると、少し間を置いて狐の人影が口を開いた。
「私はエルランド。フィエール族の旅の者だ。君の名は?」
「……センリ」
「センリ。変わった名だな。何故こんなところにいる?」
一見して十代前半の少女だ。夜の森を子供がうろついている時点で、普通ではない。
「…………さぁ?」
少女はエルランドの質問に、困ったような笑みを浮かべて首を傾げた。
「さぁ、と言われてもな……」
「分からないの。気が付いたら、この森に……」
少女はそう言うと、抱えた膝に顔を埋めてしまった。
「困ったな。どこから来たんだ?」
「ヨコハマシ」
聞いたことのない地名だ。〈狐人〉フィエール族のことを知らなかったことも鑑みると、だいぶ遠くの地方から来たのかもしれない。
亜人種は一つの地方にかたまって生活することが多く、特にフィエールは彼らの〈聖都〉と呼ばれる国から出て暮らすものは少ない。
「他に分かることはあるかな?」
エルランドの質問に、少女は首を横に振って答えた。顔は俯いたままだ。
この闇夜の森を一人彷徨ったのだ。それは心細かっただろう。
「……心配しなくていい。とにかく一緒に森を出よう」
エルランドがそう言うと、少女はようやく顔を上げた。目を赤く腫らした顔には、不安と恐怖が入り交じっている。
「大丈夫だ。信用してくれ」
そう言ってエルランドが微笑むと、少女は小さく頷いて、ほんの少しだけ笑った。
「何か食べるか? と言っても、干し肉くらいしか無いがね」
苦笑しながら差し出した干し肉を受け取った少女は、それをしばし観察したあとぱくりと小さくかぶりついた。
「…………美味しい」
「それはよかった」
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