第11話 謀略の靄


 各地に神殿や拠点を建立し、多くの信徒に信仰の安寧をもたらしている〈ピリオド派〉。

 その拠点の内、レッジェーロを含むテノン領東の地域を管轄するために建設されたこの東方支部では、現在七百人を超える信徒が寝食を共にしているという。

 その大きな建屋の一階、石造りの小さな部屋のベッドの上にエルランドは静かに横たわっていた。


 照明の消えた部屋を照らすのは、細い窓から入る幽かな月明かりだけだ。

 運ばれてきた食事をとったのが数刻前、今はだいぶ夜も更けた頃だろう。

 食事を運んでくれた男に、センリの様子を見に行ってもいいかと尋ねると、にべもなく断られてしまった。

 さらに、『この部屋から出ないよう、お願い致します』とのことだ。

 今も、扉の外には二つほど人の気配がする。


「ご丁寧に、見張り付きとは……。随分歓迎されているらしいな」


 そう呟いて、静かにベッドから起き上がる。

 窓から外を見渡すと、左手にはここと同じような作りの長方形の建屋が見えた。

 目の前には二つの棟に抱かれるように中庭が広がっており、その中心では、月明かりに照らされる聖堂のような建物がひっそりと佇んでいる。


「…………」


 エルランドはしばし外を観察した後、再びベットに横たわると瞼を閉じた。


   ◆ ◆ ◆


 翌早朝、エルランドが帰り支度を整えて部屋を出ると、男性の修道士が扉の前に待ち構えていた。昨夜、エルランドを部屋まで案内した男だ。

 艶のある黒髪を顎のあたりまで伸ばしている。中性的な顔立ちだが背は高い。


「おはようございます。よくお眠りになられましたか?」

「おはよう。お陰様で、安心して朝まで眠れましたよ」


 男はそれには何も返さず、エルランドを真っ直ぐ出口へと連れて行った。

 初夏の朝らしい澄んだ空気には、土と草の香りが充満している。

 門の外には、すでにレッジェーロ行きの馬車が到着していた。


「失礼、最後にセンリ殿にお会いしたいのだが……」

「センリ様は朝の礼拝に行かれておりますので、お会いすることは出来ません」

「待たせて頂いてもよろしいかな?」

「司教様から、『記憶が戻るまで、俗世との繋がりを一切絶たねばならぬ』とお達しが出ておりますゆえ。申し訳ありませんが」

「そうですか……」

「お預かりしていたものをお返しいたします。それと、これは少ないですが、司教様からのお気持ちです」


 男はそう言って、エルランドの剣と麻の小さな袋を手渡した。

 袋はずっしりと重く、これが金貨であればかなりの額であろうことは間違いない。


「さ、もう馬車が出ます。貴殿の旅路に天空母神の恩寵がありますことを……」

「…………」


 男の恭しい礼を受けながらエルランドが馬車に乗り込むと、それと同時に馬車はゆっくりと発車した。

 朝の日差しの中、ゆっくりと遠ざかっていく〈東方支部〉の建物を眺めながら、


「さて…………」


 エルランドは考えこむように呟いた。


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