第34話 〈フィンランディア〉へ!

   ◆


 すっかり日も落ちた中、センリは白いキャンドルの光のそばでひたすら〈イオニア〉を見つめていた。


「戻っててもいいんだぜ?」


 同じくそばに座るトレイスが声をかける。


「ううん。大丈夫」


 センリはそれに首を振ると、近くに立つフィーネをちらりと見た。

 胸で手を組み、心配そうに〈イオニア〉を見上げている。


 ――二人は本当に、その……『特別な関係』なのだろうか。

 エルは強いし優しいし、そういう人がいてもおかしくない、と思う。

 フィーネさんも優しいし……ちょっと変わってるけど。それに、自分とは比べ物にならないほどの『大人の女性』としての魅力に溢れている。

 お似合いだと思う。二人を見ていると、暖かい気持ちになることも事実だ。

 だとしたら、何で自分はこんなに胸の中がもやもやするのだろう――――


 などと、センリが悶々と考えていると、フィーネが嬉しそうな声を上げた。


「帰って来ました……! エルランド様です!」


 その言葉で慌てて視線を戻すと、いつもの旅装束のシルエットが、すでに〈イオニア〉の足元近くまで下りてきていた。


「本当だ! エルが帰ってきたよ……!」


 立ち上がって手を振る。


「待っていてくれたのか! 手間取ってすまなかった」


 エルランドは足早にセンリ達の元へ歩み寄った。


「ホントだぜ。で? 宝剣とやらは手に入れたのかよ?」


 トレイスが待ちくたびれたように言うと、エルランドはニヤリと笑ってから右手に持った〈下弦の月〉を顔の前に掲げた。

 そこに、フィーネが勢い良く抱きつく。


「エルランド様……! 信じておりました! エルランド様なら、必ず成し遂げられると……!」

「お、おいおい」


 エルランドがなだめるように身体を引き剥がす。

 センリはその後ろから、それを黙って見ているだけだった。

 センリに気付いたエルランドが、センリの前にしゃがみ込んで微笑む。


「センリ。ただいま」


 センリは、嬉しさと寂しさの入り混じった複雑な表情で笑うと、


「おかえり」


 と言った。

 エルランドは小さく頷いてから立ち上がると、全員に向けて、


「準備は整った。明朝、〈フィンランディア〉へ出発する!」


 そう高らかに宣言した。



   ◆


 翌日の早朝。

 センリ達は賢人の郷の外れ、海へと繋がる広い河の畔でオスカルバルデスに見送られていた。ソラネル式の装飾を施された白い中型帆船が、桟橋に係留されている。

 船内では数人のソラネルが出航の準備をしていた。〈フィンランディア〉までの船旅をサポートしてくれるようだ。


「行って参ります」


 頭を下げるエルランドの肩に、オスカルバルデスが優しく手を置く。


「くれぐれも気をつけてな。フィーネ。しっかりとセンリ殿をお守りするんじゃぞ」


 自然と一列に並んだセンリ達の中にいつの間にか入り込んだフィーネが深く頷く。彼女は何故か一行の中で一番大きなバックパックを背負っていた。


「おいおい、マジで行く気か? 二人もおもりすんのはキツイぜ」


 トレイスのセリフに珍しく少しカチンと来たのか、フィーネは前を見たまま澄ました様子で返答した。


「〈フィンランディア〉までの航路と現地の大まかな地形、神器についての知識はしっかりと覚えて参りました。お役に立たないことは無いと思いますが」

「つってもよー。武器も持ってねぇんじゃ、悪いけど足手まといに――」


 トレイスの言葉を遮るように、フィーネは片手に持った分厚い書物を顔の前に掲げる。


「ご心配なく。私には『これ』がありますわ」

「あぁ……? ただの本じゃねえか」


 怪訝そうなトレイスの視線に微笑で返すフィーネ。確かに、センリが見てもただの古い本にしか見えなかった。装丁は豪華で、何やら特別な雰囲気は放っているが……。

 すると、エルランドが口を開いた。


「ふふ。トレイス、ただの本では無いよ」

「んだよそれ。鉄板でも入ってるってか?」

「なに、そのうち分かるさ」


 エルランドが意味深に笑う。

 と、後ろから出航の準備が整ったことを知らせる声が聞こえてきた。


「よし、行こう!」


 エルランドに先導されるように全員が船に乗り込む。

 船がゆっくりと桟橋を離れていく。

 センリは不安を打ち消すように、桟橋に立ち続けるオスカルバルデスに大きく手を振った。


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