第41話 大空洞の戦い
◆
あまりにも目まぐるしく移り変わる眼前の状況に、エルランド達は唖然としていた。
「司教が……! 一体……!?」
あの黒髪の青年は、あのとき戦った修道士のはずだ。それが何故?
司教が血溜まりの中に沈んでいる。あの出血だ。恐らくあのまま……。
「おい、エル! ボーっとしてんじゃねぇぞ!」
「エルランド様! 〈クラスター〉です……!」
トレイスとフィーネの声で我に返る。
眼前には黄金に輝く巨大な生命体――クラスター『ゴルドベルグ』がいた。
ゴルドベルグが大剣を振りかぶり、向かいにいたアイネに斬りかかった。
風を切る重い音。
しかし、アイネは曲芸のように空中に見を躍らせると、大剣の一薙を飛び越え、ゴルドベルグが大剣を振った腕を踏み台にしてさらに高く跳躍した。
空中で身体を捻りながらゴルドベルグを跳び越し、エルランド達の方へ着地する。
エルランドが勢い剣を抜くと、アイネは立ち上がって口を開いた。
「俺に構ってる余裕は無いんじゃないのか?」
その背後で、ゴルドベルグが身を屈めて跳躍の姿勢を取っていた。
「っ……! 避けろ!」
「……きゃっ!」
エルランドは叫びざまセンリの身体を抱えると、横っ飛びに身を投げだした。
トレイスとフィーネも同じく回避行動を取る。
直後、一行がいた地面をゴルドベルグの大斧が叩き割る。
「センリ! 通路に入れ!」
エルランドはセンリを無理やり立たせると、背中を押して元来た通路へと走らせた。あそこならば、ゴルドベルグの巨体は追っていけないはずだ。
センリが走り出す。
しかし、滝の水飛沫で湿った大空洞の床は慌てるセンリの足を滑らせた。
「あっ……!」
転んだセンリに向かって、ゴルドベルグが大剣を振り上げる。
「しまっ――!」
エルランドが叫ぼうとした瞬間、アイネが服の裾からボール状の何かを取り出しゴルドベルグに投げつけた。
ゴルドベルグの上半身に幾つかの小爆発が起き、体勢が崩れる。
「走れ!」
アイネの声で立ち上がったセンリは、転げるように通路の中へと走っていった。
体勢を立て直したゴルドベルグがアイネに向かって横薙ぎに斧を振るう。
アイネはそれを前転しながら避けると、
「さっきのは貸しにしといてやる」
「おい、待て……!」
エルランドの制止を無視して、滝下の大穴へと飛び込んでいった。
「ば、馬鹿な……!」
アイネの消えた滝の方を見ながら呟いていると、トレイスの怒号が飛んできた。
「エル! 行ったぞ!」
振り返ると、すでにゴルドベルグの大剣が避けがたい間近まで迫っていた。
「くっ……!」
瞬間、トレイスの放った矢が腕の鎧の隙間に突き刺さった。ゴルドベルグの動きが鈍る。
エルランドは鈍った一閃を躱すと、ゴルドベルグの横をすり抜けざまに下半身を斬りつける。
鎧の隙間を縫った斬撃は硬い獣毛を断ち、〈下弦の月〉の刃の半ばほどまでを食い込ませた。
斬撃の勢いのまま、ゴルドベルグから距離を取るように前転。
立ち上がると、ゴルドベルグは怯んだ様子もなくエルランドに飛びかかろうと身体を沈めた。
そこに再び高い風切り音とともに矢が突き刺さる。〈賢人の弓〉から立て続けに数本射られた矢は、正確に鎧の隙間を貫いていった。
ゴルドベルグがたまらずたたらを踏む。
そこにエルランドが斬撃を叩き込んだ。
「セァッ……!」
ゴルドベルグの信じられないほど太い脚部に、神速の剣閃が翻る。
紫色の血が吹き出て、ゴルドベルグが一瞬膝を折った。
ダメ押しの攻撃をエルランドが加えようと剣を振りかぶった瞬間、ゴルドベルグは全身を押し上げるようにエルランドに向かって体当たりした。
「ぐおっ!」
エルランドの身体が木の葉のように吹き飛ぶ。
「エルランド様!」
エルランドが回転するように受け身を取るが、脳が揺さぶられたのかすぐに動くことが出来ない。
ゴルドベルグが四つ腕の武器を全て振り上げながら、猛然とエルランドに迫った。
「総譜・第八章〈守護の章〉、五十八頁! 庇い給え! 〈キエフの大門〉!」
フィーネの声が響いた直後、エルランドの眼前にどこからともなく翡翠のような結晶が生まれた。それが強く輝いたかと思うと、結晶を中心に緑色のスパークが平面上に広がり、エルランドとゴルドベルグを遮る防壁を形成した。
武器を振りかぶっていたゴルドベルグが、その防壁に大剣と大斧を打ち付ける。
エルランドが思わず顔を腕で覆った。
「っ……!?」
しかし、ゴルドベルグの重撃が防壁に触れた途端、その身体が反発するように逆側に飛ばされる。
と同時に防壁の中心の結晶が砕け散り、防壁もろとも霧散した。
「フィーネ! 助かった!」
立ち上がったエルランドが叫ぶ。
「トレイス! まず脚を狙って動きを止めるぞ!」
エルランドが猛然とゴルドベルグに突っ込んでいく。
その真横をかすめるように矢が通過し、ゴルドベルグの脚部に突き立つ。
「総譜・第八章〈鼓舞の章〉、十四頁! 奮い給え! 〈英雄〉!」
フィーネが唱えると、エルランドの身体を不思議な光が包んだ。
「これも『総譜』の力か……!」
追い風を受けたように身体が軽くなり、四肢に力が漲る。必ず勝てる。負けるわけがない。絶対的な自信がエルランドの身体を躍動させた。
雷光のように鋭い太刀筋がゴルドベルグに襲いかかった。
ゴルドベルグも四つの武器で嵐のような攻撃をエルランドに浴びせる。
的確な射撃が、ゴルドベルグの鎧の隙間を貫く。
ほんの一分ほどで数え切れない程の攻防が繰り広げられ――――
「オォォ……!」
とうとう姿勢を大きく崩したゴルドベルグの鎧の胸の真ん中を、渾身の力で突き出された〈下弦の月〉が刀身の半ばまで貫いた。
動力が急停止したように動きを止めたゴルドベルグは、エルランドが剣を引き抜くとそのまま地面を揺らしながら地に倒れた。
「やったのか!?」
トレイスとフィーネが駆け寄ってくる。
「ああ……恐らくな。センリ! もう大丈夫だ!」
エルランドに手で合図されたセンリは、とてとてと小走りで三人の元へ戻った。
「死んじゃったの……?」
紫色の血で黄金の鎧を濡らし倒れるゴルドベルグを見て、センリが呟く。
「ああ。たぶん――」
答えようとしたエルランドの言葉を、フィーネの腹の音が遮った。
「お前なー。状況をわきまえろ状況を」
「こればかりは、仕方がありませんので……」
呆れるトレイスにフィーネは少し恥ずかしそうにそう返すと、バックパックから瓶に入った乳白色の液体を取り出して一気に飲み干した。
「ソラネル特製の生薬液です。一瓶しか用意できませんでしたが、短時間なら空腹を紛らわせます」
と、そのときセンリが何かに気がついたように声を上げた。
「あっ! エル! 司教が……!」
「なに……!?」
センリが指差した方を見ると、血溜まりに倒れ込んでいたはずの司教の姿が無くなっていた。
「おい、上だ! くそっ、いつの間に……!」
そう言ってトレイスが指差したのは、奥の岩壁の上側だった。
奥の岩壁には上へ登るための長い階段が伸びている。ウォルフガングはその階段を、苦しそうに足を引きずりながら登っていた。すでに、三分の二以上を登りきっている。
「いけません! あの先には、恐らく『神器』が……!」
「マジかよ……!」
「追いかけないと!」
そう言って走り出そうとした一同の頭上を、大きな影が飛び越した。
「ゴルドベルグ……! 馬鹿な!」
金色の騎士は、思わず頭を伏せる一行の前に鎧を軋ませながら着地すると、振り返ることもせず真っ直ぐ階段へと走っていった。大量の出血が紫の飛沫を上げる。
そのまま、司教の後を追って階段を一足飛ばしに駆け上がり始めた。
「司教を追っていくのか……!? 我々も追うぞ!」
エルランドの言葉に全員が頷く。一行も、ウォルフガングとゴルドベルグを追いかけ、大空洞岩壁の階段を駆け登った。
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