第69話 富美、エネモンナ洞窟へ

「富美ちゃんって、ダンジョンは初よね」

「ダンジョンは初」

「それで生配信とはねぇ……」


 ダンジョン『エネモンナ洞窟』の表層。

 フヨフヨと白い球体、『配信魔法』の端末が動いている。


 アイテムボックスから素早くものを取り出す練習をした富美を連れて、才華は入ってきた。


『富美ちゃん。かわいいな』

『全体的に体つきは細い。しかし、肌は綺麗で顔立ちは可愛らしい』

『保護欲が刺激されるううっ!』


 コメント欄も盛り上がっている。


「……これ。全部コメント?」

「そうよ。赤色グループの人だけしか見れない配信なんだけど、みんな明け透けにコメントを投稿してるのよ」

「……みんな変態なの?」

「そうよ」

『流れるように変態扱いされたんですけど!』

『当たり前だよなぁ!』

『むしろ変態しかいねえからなぁ!』


 開き直ることに慣れた人間の器の広さは尋常ではない。


 人間、何かを許した時に器を大きくしていき、何かを許せない時に中身を育てていく。


 みんな明け透けで、他人に迷惑が掛かっていないならばダブルスタンダードもためらわない。


 そういう場だからこそ、『自分は自分でいていいんだ』という安心感を得られるのだ。


 そして、バカ騒ぎに対して適応できる人間が、赤色グループの中で人気者になっていくのである。


 ある程度、ボケかツッコミの才能があれば、配信は楽しくなるのだ。


「……とりあえず、モンスターと戦ってみる」

「頑張って」

『富美ちゃん頑張って!』

『どんな武器を使うんだろ』

『足腰がしっかり鍛えられてるのはわかるし、体幹もよさそう』

『重くなかったら大体なんでも使えると思うけどなぁ』


 赤色グループは実力者も多い。


 こういう配信を覗きに来ることもあり、誰かが何か迷っているときに、ほかの視聴者にわかりやすいように解説を入れたり意見を述べたりする。


 富美はただ制服を着た姿をさらしているだけだが、それでもわかる人はわかるのだ。


「私が使うのはこれ」


 富美は投げナイフを取り出した。


『近接用のダガー……にしては短いよな』

『おまけに軽そうだよな』

『でも質は高い。いや、ぶっちゃけニャポンだコレ』

『あー俺も思ったわ。てことは営業してたのかよ。通っておけばよかった』

『まあそれはタイミングの問題だからいいとして』

『だな。えー要するに。投げナイフですね』


 ナイフにはいろんな使い方がある。


 ただ、用途に適した専用のナイフを使うのが探索者のやり方だ。


 富美が持っているナイフは明らかに、投げやすい形になっている。


「投げナイフでモンスターを倒します」

『飛鳥さんに毒されとるやんけ』

『手癖の悪そうなガキが一人増えそうな予感がするぜ』

『増えそうというか。増えたというか』

『当てられないってなったら望海ちゃんがゴーサイン出すわけねえからな』

『才華ちゃんが一緒に潜るからってだけじゃ通らんからな』

『赤色グループの武器屋の販売員は見極める目も求められるから間違いねえわ』


 投げナイフ一本。


 それでも『わかる』ほど、コメント欄が面白いことになっている。


 勘のいい人間は多いようだ。


「あ、ゴブリン」


 と思っていたら、曲がり角からゴブリンが出てきた。


「えいっ」


 そのゴブリンに向けてナイフを投げる。


 ナイフは額に直撃。

 そのままゴブリンはパタッと倒れて、魔石を残して消えていった。


「勝った」

『鮮やかすぎるでしょ』

『飛鳥さんの戦闘を思いだ……いやあの人の場合投げてるところわかんねえわ』

『一緒にするな。気持ちはわかるけど!』


 あまりにも鮮やかな投げ方に既視感があるものが多数。


 もちろん、富美は飛鳥から投げ方を教わったわけではない。


 しかし、『超人ラボ』を潰した時の飛鳥の動きは、有栖と一緒に見ていた。


 その時の動きを何となく思い出しつつ、自分の体に合った形で最適化している。


 紛れもなく才能がある人間の動きである。


「これでどんどん、ゴブリンを倒します」

『頑張れ~♪』

『ぶっちゃけどこまで行けるんだろうなぁ』

『まぁ、それは……ナイフの性能次第さ』

『そうだな。動きは鮮やかだけど、付与は一切使ってない』

『飛鳥さんはあの速度で投げ始めるのに付与がエゲツナイくらい乗ってるからな』

『まぁ、付与ができないことが悪いことでもないしな』

『戦い方はいくらでもある。が、とりあえずナイフの性能次第か』

『付与魔法なしでここまで動けるなら大したもんだよ』


 実力者の目というのは、戦闘を少し見ただけで、多くを見抜ける。


 富美に対しても例外ではない。


 というより……今の富美では足元にも及ばない実力者が、赤色グループにはゴロゴロいるというだけの話である。

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