第8話【才華SIDE】 50層ボス攻略配信の直前
人間にとって折り返し視点であり、真の本番。
そう評されることもあるのが、ダンジョンの50層である。
この階層のボスを倒すと51層に入ることが可能であり、Sランク探索者となる。
16歳と言う最年少は『公的記録』に存在しない。
それに手が届くとされるのが諸星才華という少女であり、話題性は圧倒的だ。
「才華さん。これから50層のボスに挑みます。くれぐれも、六車高校の生徒として恥ずかしい戦いをしないように」
「はい。わかっています。先生」
引率の教師と、装備を調整している職人。
配信魔法に不備が発生しないように確認しているエンジニア。
合計四人で、50層の『ボスエリア直結安全エリア』で、準備をしている。
この安全エリアには転移の柱が……もっと厳密に言えば、各階層には、『ボスエリア直前』と、『階層の折り返し地点』に転移の柱が存在する。
安全エリアから一歩でも前に出ると、ボスが待っている。
緊張感が漂う場所だ。
「このエネモンナ洞窟の50層ボスの『ソロ討伐ボーナス』は、『大樹の苗』……その葉を使ったポーションは、探索者たちの基礎ステータスを一定時間、大幅に上げることができる。これがあれば、六車高校の躍進に繋がります。絶対に失敗は許されません」
「わかっています」
「本当にわかっていますか?」
「もちろんです。絶対に、期待に応えます」
「よろしい」
ダンジョンは、モンスターに挑む場合、そこに人数制限を加えることはない。
今回のボスも、100人で、1000人で挑むことは可能だ。
安全エリアはそれ相応に広く、ここはラスボスの手前なのだから、事故が起こることもない。
しかし、モンスターは大勢で挑んで倒した場合、落とす魔石の質が劣化したり、ドロップアイテムの確率が大幅低下される。
そのため、基本的には少人数……多くても四人で挑むのが、魔法省が推奨する数字だ。
ただし、中でも『ソロボーナス』は、かなり大きなものになる。
なお、『挑む』といっても、その『判定』には様々な条件があり、様々な例外、および許容される点があるが、それはそれだ。
ちなみに、『挑む人数が報酬に影響しないモンスター』が出ないわけではないが、その場合は信じられないほど強いのが通例である。
「ここでボスを倒せば、六車高校への補助金も増えるでしょう。そうなれば、全校生徒のためになる。本気で、全力で挑んでください」
「はい」
それに対して、才華は険しい顔で頷く。
「……っ!」
その時、安全エリア内の、転移の柱が光った。
魔力が溢れて、それが人の形を作り……。
「えっ……槍水……飛鳥?」
「んっ? ああ……これから挑むのか」
上下黒ジャージで、覇気のない顔をした飛鳥が、転移してきた。
「ん? お、お前は、聞いていますよ。確か、六車中学を卒業して、何処の学校にも行っていない、中卒冒険者だったはず」
「……ん? ああ、その通りだな」
「何故、中卒冒険者がこの階層に来れるんです? どんなズルを……」
「アンタ、見たところ、20層くらいまでしか潜れないでしょ。そんなアンタがここに来れる理由を考えてくれ」
「なっ……」
ボスモンスターを一度も倒したことがない人間が混じっていると、ボスは出現する。
一度でも倒したことがある人間だけで入ると、ボスは出現しない。
ボスを倒せる実力者と一緒に入って、ボスを倒して貰えば、その先に進めるのだ。
何処で戦えるのかと、何処まで潜れるのかは、イコールではない。
「で、これから才華はボスに挑むのか?」
「そうよ。ところで、あなたはここに何をしに来たの?」
「ちょっとこの安全エリアから近い場所で手に入るアイテムが欲しかっただけだ。直ぐに出ていくよ」
「フンッ! 中卒冒険者が何を言っている。こんな階層で戦えるはずがない!」
「いや、戦うだけがダンジョンに潜ることじゃないでしょ。鉱石や植物が手に入るスポットだってあるし、モンスターに気付かれないようにするアイテムだってあるんだから」
「ぐっ……」
「六車高校って、普通に剣を持って魔法を使って、モンスターと戦う『だけ』がダンジョン探索だと思ってる教師ばっかりって聞いたことあるけど、アンタはその典型だな」
「だ、誰が典型だ! 私は、六車高校の一年零組の担任だぞ!」
「零組……特待生クラスか。20層までしか潜れないのによくもまぁ……」
「何を……」
「あの学校のカリキュラムって、『優秀な奴』が『真面目』に取り組んでいける平均が、30層を突破してBランクってところだろ? やっと『上級』になれる程度だ。それに満たない実力のアンタが特待生クラスって、どんな政治があったらそうなるん?」
「うるさい!」
先ほどから言葉が強い。
「くっ……」
分が悪い……いや、何をもって分が悪いと思ったのかは不明だが、教師は才華を見た。
「……それでも、努力していないあなたとは、まるで違います」
才華がフォローを入れてきた。
「才華が言う『努力』って、どういう意味で使ってるんだ?」
「えっ……」
「期待に応えるだけが努力だって思ってんのか?」
「なっ……」
「期待に応える。まあ応えたいならそれでいいさ。ただ、俺はそういう『趣味』に付き合うのが嫌だから、高校に行かなかっただけだ」
「しゅ、趣味って……」
心臓がひっくり返った様な、そんな衝撃があったようだ。
「あ、そうそう……一応アドバイスな。ここのボスって、闇属性魔法で黒いモヤモヤを出して防御膜を作り、その内側でパワーをため込んで放つ大技があるだろ」
「あ、あるけど……」
「アレは『隙ができた』と思ったら、それまでの行動パターンを無視して使い始めるんだ。ボスが口から冷気を出したら、熔かす魔法の準備をしつつ足で受けて、地面を踏め。これでボスは隙ができたと思って大技の準備に取り掛かる。この時の防御は堅いんだが、攻撃魔法じゃない普通の『明かり』を、出力を当てて顔面にぶち当てると大きく後退する」
「えっ……」
「この展開になれば、それまでの強さが嘘みたいに戦いやすくなる。才華の実力なら必勝レベルだ」
「そ、そんな……」
「じゃあ、アドバイスも済んだし、俺は失礼するよ」
飛鳥はそれ以上は何も言わずに、安全エリアを出ていった。
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