第9話【才華SIDE】 語るまでもない戦いと、その後。

 エネモンナ洞窟の50層ボス。『ギガントゴブリン』。


 身長五メートルという体格に加えて、持っているのは巨大な両手剣であり、一回の攻撃がかなり重い。


 そして何より、闇属性魔法で黒いモヤモヤの防御膜を作り、その裏で力をため込んで放つ大技。


 ボスが放つ大技なだけあってかなりの威力を誇り、なんと、『来るとわかっていても、防ぎきるのが困難』とされるほど威力がある。


 大技は強力だが、その技の余波だけで、戦況を壊滅的にするほどの実力があるのだ。


「はぁ、はぁ……」


 肩で息をする。


 目の前にいるのは、倒れ伏したギガントゴブリン。


 全身の切り傷から魔力をあふれており、もうすぐ消えるだろう。


「……」


 才華がスマホを取り出してコメント欄を確認する。


 とにかく、彼女を絶賛する声であふれている。

 ソロで、十六歳という若さで、50層のボスの討伐は、公的記録に存在しない。


 初めてなのだ。


 圧倒的な功績として、日本の教科書に載るかもしれない。というレベル。


 しかも、『大技の攻略法』を示す、『天才的な戦闘センス』の持ち主とも評されている。


 そう、そして。


『今後の、彼女のさらなる活躍に期待する』


 コメントの八割は、これだ。


 Sランクになれたんだ。

 それなら、もっと次へ。もっと深くに。

 もしかしたらダンジョンクリアまで行けるんじゃないか?


 ……そんな言葉があふれてきた。

 いや、ダンジョンクリアに関しては、それこそ前例がないため、コメントした本人すら、半分以上は冗談だと思っているだろう。


 しかし、才華は知っている。


 人は、はじめは冗談で述べたつもりだったとしても、あとでそれが本当になる可能性が出てきたら、今度は『絶大な期待』を始めるものだと。


 それを達成できなかったら『裏切者』と呼ばれることを。


「……皆さん。応援ありがとうございます。これから精進していきますので、よろしくお願いします」


 そういって、白い球体……『配信魔法』のそれに向かって礼をする。


 すると、配信は終わった。


 ……配信魔法にはいくつかの設定が可能。

 今回、『才華に、配信を止める権限はなかった』のだ。


 まだ、ゴブリンは消滅しきっておらず、ソロ討伐ボーナスのアイテムも手に入れていない。

 だが、これ以上ボロが出る前に、才華は終わらせたかった。


 『配信は、もう、ここで終わりだ』


 その強い意志を秘めたセリフは、どうやらあの教師の手を動かすのには十分だったようで、配信は終わる。


 そして、崩れるように部屋に座った。


「はぁ、はぁ……」


 怖い。


 強力なゴブリンを、『簡単に倒してしまった証拠』が、世に出たことが。


 これからも、功績を積み上げてと期待されることが。


 51層。紛れもなく、『人外』と評されるSランクの環境で戦わなければならないことが。


 それに何より。


 これほどの戦略的な意味のあるアドバイスを、世間話のように軽く話していった飛鳥が。


 怖くて怖くて、仕方がない。


「ふぅ……」


 震えるからだを無理やりに抑える。


 ……飛鳥に関しては、彼の助言がなかったら、才華がここで死んでいた可能性だって十分にある。


 戦いとは相手の手札を可能な限り封じ込めて、こちらが対応しやすい手札を使わせるものだから。


 言い換えると、『ギガントゴブリンのすべてを知る者はいない』ため、情報サイトに載っていない攻撃が飛んでくる可能性はまだまだ残っていた。


 それを対応できてこそ、攻略するということであり、50層のボスを超えることであり、『人外』なのだ。


 死んでいたかもしれない可能性を粉砕した飛鳥のアドバイス。


 たとえ、これから才華が過酷な環境に挑むハメになったとしても、命には代えられないのだから、一応は、感謝くらいするべきだろう。


 だが、怖い。


 怖くて怖くて仕方がない。


 あれほどの情報を持ち、コンビニに行くような感覚で50層に向かって用事を済ませに行った飛鳥。


 そんな飛鳥に、世間は、中卒探索者というだけで、非難する風潮を形成している。


「……悪い冗談っていうのは、こういう時に使う言葉ね」


 何を見限っているのか。

 何を贔屓するのか。


 彼の周りを何も見ようとしなかった現状が。


 怖くて怖くて、仕方がない。

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