第27話 戦いの結末は、年寄りの好き嫌いでは決まらない。

 裏路地ですらない、街中で響く斬撃音。


 才華が剣を振り、男の装甲に刃が触れたと思えば、薄い何かの『膜』のようなものに当たって斬撃が止まる。


 男も才華の斬撃の反動ノックバックくらいは感じているようだが、走行の内部までダメージを与えている気がしない。


「フハハハハッ! このリアリスターは強いだろ。相手の攻撃をすべて防ぐ防御膜を作り出すことができるのさ」

「強いというか凄いですね。あなたが剣を一回振るあいだに、才華さんは剣を三回振れますけど、それでも攻撃が通らないんですから」

「うるせえ!」


 そう……この男、弱い。


「チッ、予測機能をいくつも搭載してんのに、全然反応しやがらねえな」

「その予測機能。機械型のモンスターが使ってるやつをそのまま流用してない? ダンジョンでよくモンスター相手に使うフェイントをかけるだけで簡単に引っかかるんだけど」

「なんだと!?」


 才華は今まで、田中の影響で多くのダンジョンに潜っていた。


 天晶剣ブリュンヒルデがない状態ならば、才華は50層のボス相手に楽勝とはいいがたい。


 そのため、飛鳥が情報源のアレはともかく、どのようにすればモンスター相手に戦いやすいのかを体に叩き込んでいる。


 その経験値は紛れもなく本物であり、『この鎧も、ほぼほぼモンスターみたいなもの』と思えば、普通に戦える。


「ただ、性能が高いのは本当ね。不通に潜っても、ソロで50層のボスくらいは倒せると思うし……」

「そ、そうだ! この装備だけで、60層まで潜ることが可能。これが迷宮貴族の技術力だ!」

「その性能ですけど、性能リソースのバランス配分がおかしいですよね」

「何がだ!」

「さっきから街中で戦っているのに、誰も寄ってきませんし、むしろ避けて通っています。もうすでに人の気配もほとんど消えました。近くに防犯カメラもあるのに、魔法省直属の兵隊が来る様子もありません」


 そう、裏路地ですらない、街中で戦っている。


 イベント会場でも、だれも使っていない広場でもあるまいし、まさか戦いを見て大道芸とは思わないだろう。


 しかし、誰も来ない。

 カメラも備わっていて、公的機関が確実にその鎧の存在と争いを記録しているはずだが、誰もこの事態を解決するために駆けつけてこない。


「おまけに……」


 柚希はブレザーのポケットからスマホを取り出した。


「何で私の携帯が『圏外』なのかということも疑問です」

「だからどうした!」

「さっきから、様々な魔法が起動しているのが私の目からも見える。もしかして、『いろいろな魔法を積み込めるけど、認識阻害に特化してる』んじゃない?」

「はっ?」

「聞いてもないのにペラペラしゃべるあなたが、調子に乗っても問題がないような魔法ばかりです。剣で戦うのは基本性能なので確かに『普通に強い』ですが、もしかして、『煙幕とジェットパック』みたいな、逃げるための魔法も多種多様にあるんじゃないですか?」

「……」

「まあ、ここまで言ったからには結論まで言いましょうか」


 スマホをポケットにしまいつつ、柚希は言った。


「あなたに下された命令は、私たちの捕縛。好き勝手にしてもいいけど、逆に捕縛されそうになったら絶対に逃げてこい。ということですね」

「ふざけるな! 迷宮貴族の中でも上位の五つ星、『松垣』家の長男にして次期当主の俺、『松垣隆吾まつがきりゅうご』を馬鹿にするのもいい加減にしろ!」


 どうやら図星らしい。


 そして……実際にその命令が下されて、バカにされたと思ったのも事実らしい。


「五つ星ってことは、ランクとしては上から二番目ですか」

「中身が全然強くないのに、次期当主。装備が強いからって、政治力しか評価されないってこと?」

「んー。まぁ、魔法社会になっても、『戦いの結末が年寄りの好き嫌いで決まる』と思ってる人は割といますよ」

「総理大臣を一族の中から潜り込ませる実力がありながら、黎明期から今に至るまで暗躍しても、『最終目標』を達成できない理由がわかるわね」


 黎明期といっても人によって価値観は異なるだろうが、ダンジョンや魔法が出てきて半世紀が『今』であると考えると、おおよそ、その『三人』には、四十年近い時間があったはずだ。


 仮に飛鳥に四十年という時間を与えた場合、本当に何が起こるのかは誰も想像がつかない。


 しかしその一方で、目的を達成できていないものもいる。


 ただし、これは単純な話。


 権力というのは、人間の社会システムの中でだけ力を発揮する『相対的な力』である。

 そのため、ダンジョンという、人間の都合に合わせて作られていない概念に必要な『絶対的な力』を持たないのだ。


 『絶対的な力』がなければ解決できない目標に、『相対的な力』で挑んでも解決できるわけがない。


「なんというか……」


 柚希は、いつもの元気な表情ではなく、蔑んだ表情で、隆吾を見る。


「あなたを見てると、迷宮貴族って、たいしたことなさそうですね」

「ば、バカにすんじゃねえ!」


 剣を握り、高速で柚希に迫る。


 その速度は本物だ。60層に潜れるといったが、あれが『彼自身』なのか、『ほかのだれかの記録』なのかはともかくとして、実際に速い。


 しかし。


「ほいっ」


 左手で、ポケットから小さなナイフを取り出して投げる。


 それに対して、隆吾は……いや、リアリスターは、反応しなかった。

 そのまま、膜が発生するはずの鎧に突き刺さり……。


「ごおおおおおおおおおおおおおおっ!」


 バチバチッと放電し、隆吾を感電させる。


「中には、モンスターが行う感知に引っかからないアイテムもあるんですよ」


 隆吾は体が麻痺した様子で、地面に倒れた。


「ていうか、利き手じゃないのに、ナイフを投げるのめちゃくちゃ上手かったけど」

「飛鳥さんから教わりました」

「なるほど」


 何かを投げるために体を最大まで最適化させる。

 それが飛鳥の強さであり、そんな飛鳥から教わったのなら、利き手とかそんなものは関係ない。


「本当に60層に挑めるのなら、最大到達階層が45層の私は苦労しますが、その鎧が反応しないアイテムさえ使えば、あとは中身の問題です」

「そうよねぇ……まあでも、そこは価値観の問題じゃない?」

「価値観?」

「飛鳥みたいに、自分が深い階層で手に入れたアイテムを、赤色グループ『全体』に対して惜しみなく投入するって発想が、迷宮貴族にはないのよ」

「なるほど、権力者はそういう力を、自分が気に入った限られた人間にしか与えませんからね」


 数の問題は必ずある。


 こんな鎧が多く作れるならば、勢力図は今のままではないだろう。


 ただし、実力があるものに優れた道具がいきわたるかとなれば、現実はそういうものではない。


 適当にやっても普通に成果が出るのが、リアリスターという装備の性能だ。


 だからこそ、それを扱う権力者も適当になり、自分の都合が優先になる。


「あとは、これを持ち帰って研究になりますかね?」

「なると思うけど、別に戦力的に入らないと思うけどね」

「む? どういうことですか?」

「こういうこと」


 才華は、鞘に入れた天晶剣ブリュンヒルデの柄頭を指でトントンと叩く。


「なるほど」


 ダンジョンの地下深くに言えば、もっと凶悪な『装備』が手に入る可能性は十分にある。


 そして天晶剣ブリュンヒルデのように、ルートさえ発見できれば、定期的に手に入れることが可能なアイテムも中にはあるだろう。


 赤色グループの中でも真の上位層となると、そういった装備が配備され、それを前提に訓練されている可能性もある。


 性能だけでいえば、リアリスターは必要というわけではない。


「まあそれはそれとして貰いますけどね」

「そりゃそうよ」


 ただし、赤色グループは十年くらいの組織なので、それ以上の歴史を持つ組織が『開発した装備』の情報は持っておいて損はない。


 というわけで、松垣隆吾が着ているリアリスターは、赤色グループが貰います。

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