第15話【才華SIDE】 75層、『水晶鬼アーク・リスタル』

 ダンジョンには様々な罠が仕掛けられているが、罠の発動状況によって危険度が大きくかかわってくる。


 一般的に、『溝の入り方が違う床を踏んだ』といった、『無意識』に近く、気が付きにくいものになるほど危険度が下がる。


 そして、『宝箱を開けたら』といった、『意識的』に近く、本人の選択に由来する場合は危険度が上がる。


 その傾向があるからこそ、『わからない宝箱は開けるな』という話になるのだ。


 そして、その中でも最悪と言っていいのが、転移トラップである。

 これが上の階層に戻されるだけなら、近くの転移の柱を使えば比較的近くまで戻れるので問題はない。


 だが、下の階層に転移した場合、紛れもなく最悪である。


 もっとも、ダンジョンからすれば。


 格上に挑む覚悟もないのに、危険かどうかわからない宝箱を開けるな。ということなのだろう。


「がっ……うっ!」


 腹から剣が引き抜かれて、制服が赤く染まる。


「くそおっ!」


 才華は剣を振って、背後から刺してきた何かに反撃する。

 しかし……。


「えっ……」


 振った彼女の剣は、水晶のような鎧を身に着けたゴブリンが振った剣に当たると、粉々になった。


「うそっ……がっ」


 ゴブリンが足を振り上げて、才華の腹にけりが入った。


 めきめき、バキバキと嫌な音を響かせて、才華の体が吹き飛び、壁に激突する。

 そのまま、口から血を吐いた。

 内臓がどこかおかしくなったらしい。


「がっ、ああああああっ!」


 あまりにも一方的。


『な、なんだこれ』

『え、配信魔法の分析に出てきた。『水晶鬼アーク・リスタル』……75層』

『75!?』

『人類未踏の階層じゃねえか』

『やばい。本当にやばい!』

『才華ちゃんが死んじゃう!』


 宝箱の中身はなんだろう。


 そんなのんきなことを考えていたら、これだ。


「はぁ、はぁ……」


 剣は折れた。

 腹は貫かれ、蹴られて、内臓がどこかおかしい。


「……えっ」


 才華の顔が、青くなった。


 通路の奥から、さらに……100体を超えるアーク・リスタルが出てきて、通路を埋め尽くすように並んだ。


「う、うそっ……あっ……」


 通路の反対側からも、さらに100体。


 合計200体のアーク・リスタルが、才華を囲んだ。


「はぁ、はぁ、づっ!」


 脇腹に矢が刺さった。

 視線を向けると、何体かのゴブリンがクロスボウを構えている。


「うわ、ああああっ!」


 次々と、ゴブリンたちがクロスボウのトリガーを引く。

 どうやらゴブリンたちの水晶の鎧は矢を完全に防げるようで、同士討ちを気にせず、次々に撃ってくる。


『なんだよこれ』

『才華ちゃん逃げて!』

『囲まれてるのにどこに逃げるんだよ!』

『ああ、次々に矢が』


 腕、足、腹、背中……次々と矢が刺さっていく。


「づっ、うぐ、うううっ」


 歯を食いしばって耐える。


「はぁ、はぁ、ごっ……」


 再び、急接近したゴブリンが足を振り上げて、才華は吹き飛んだ。

 そのまま壁に激突して……。


「がっ……」


 その腹に剣が刺さって、壁に縫い付けられる。


「づぅ、あああああっ!」


 悲鳴を上げる才華の前に、ゴブリンたちが並びだす。


 一斉に、才華のクロスボウを向けて……装填された矢の先端が、燃え上がった。


「ヒイッ――」


 一体のゴブリンが、彼女の左肩に矢を放つ。

 勢いよく刺さると……才華の肩は燃え上がった。


「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」


 一本で勢い良く燃え上がる炎。

 剣で壁に縫い付けられ、逃げることはかなわない。


 200個のクロスボウが、才華を狙って……。


『お、終わった』

『だ、だれか来れないのかよ』

『未踏の階層だぞ! 転移の柱を使えないし間に合わない!』

『お、俺は宝箱を開けろなんて言ってないからな!』

『いまさら何言ってんだ!』

『才華ちゃんが死んじゃう!』


 才華の終わりを確信するもの。


 コメントのIDが残っているため、『自分の責任じゃない』と保身に走るもの。


 頭に冷水をぶっかけられた、どころではない。

 極寒の地に放り込まれて、だれも助けに来ない。

 そんな全身の震えに襲われるものが、多数出てきて……。


『わ、私の責任ではありません。才華さんの直感が足りなかったのです』


 黙っていればいいのに、スマホからそんな声が聞こえた。


「……あ、ああ」


 才華があきらめると同時に、ゴブリンたちは、トリガーを引いた。


「っ!」


 目をつぶる才華。


 その行動に何の意味もない。

 彼女が何をしようと、どうにもならない。


 ゴブリンたちが放った矢は……。


「えっ」


 天井を突き破って地面に突き刺さった槍と、その圧力に負けて、すべてはじかれた。


「……な、なに、これ……」

「間一髪か」


 槍で貫かれてできた天井の穴から、黒ジャージと仮面を身に着けた男が降りてきた。


「だ、だれ……うっ」

「しゃべるな。とりあえず……」


 男はジャージの内ポケットから瓶を取り出すと、栓を開けて才華に向けて中身を放った。


 中の液体が増殖して、才華の体を包み込む。


「あっ……」


 次の瞬間、才華の体が、壁から離れる。


 剣も、体中に突き刺さった矢も、すべて消えた。


 燃え上がった肩も、体中の傷も、負傷した内臓も、すべて、回復していく。


 服まで修理されていき、もとの姿になっていく。


「……まあ、これで十分、で。アーク・リスタルが200体ってところか」


 男は、オオカミの意匠のつばがあるナイフを二本取り出した。

 とりあえず前方に放つ。

 すると、その直線状にいたアーク・リスタルは、すべて倒されて、魔石を残して塵となった。


『えええええええええええええっ!?』

『誰!?』

『分析が仮面に阻害されてる』

『あのゴブリンたちが……』


 コメント欄も大騒ぎだ。


 助かりそう。という希望を超えて、絶対的な強者が現れたのだから、こうなるだろう。


「さてと、この階層に長居するのは避けたいんだ。転移の柱までさっさと通してもらうぞ」


 いつの間にか手元に戻ってきたオオカミナイフを手に、男はそう言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る