第16話 正体露見

 次々とゴブリンたちが倒されて、魔石をじゃらじゃらと落としていく。


「さてと……それっ!」


 男が腕を振ると、その手に、カラスの羽を模した小さなナイフがいくつも出現。

 それを投げると、まるで散弾のように広がり、近くにいたゴブリンたちをせん滅する。


「す、すごい……」


 才華は床に座り込んで、無双する男を見ている。


 自分は戦うことすらできない存在を、ナイフを投げるだけで無双する存在。


 そんな存在を目にして、安心したのだ。


 だからこそ、腰が抜けたように座り込んで動けない。


「なんか逃げ出してる個体もいるな。まあ勝てないんだからそりゃそうだが……まあ諦めてくれ」


 どれほど遠くにいようと、盾で防ごうとしても、すべて無駄。


 驚異的な貫通力を持つナイフが急所に当たり、それだけでゴブリンたちは終わり。


「……んー。これほど大量のゴブリンを同時に倒すのは久しぶりだが、飽きてきたな」


 ため息をついている。


 というより、男の戦闘方法は、オオカミの意匠がある大ぶりのナイフで一直線にすべてを貫通するか、カラスの意匠がある小ぶりのナイフで散弾のようにばらまくかのどちらかだ。


 わざわざ映えるための演出をする意味もない。


 意味はないが、圧倒的で無駄のない戦闘というのは、それだけで鮮やかさがあり、見る人が見れば……特に同業者ナイフ使いなら腰を抜かすだろう。


「よし、終わった」


 200体のゴブリンだが、たやすく倒した。


 才華が戦うとなればどうにもならないほどの差があるが、ゴブリンと男の間にも絶対的な差がある上に、男の戦闘は非常にシンプルなので語るところはほとんどない。


 一回ナイフを投げただけで倒せるゴブリンも多いため、必然的にこうなるのだ。


「さて、長居したくないからな。さっさと転移の柱に行くぞ」

「えっと、あ、ありがとう……」

「礼には及ばん。君が宝箱を発見した瞬間から急いできたんだが、ぎりぎりになってしまって申し訳ない」

「あ、ああぁ……」


 宝箱を発見した瞬間から。


 手をかけたからではない。

 転移トラップが起動したからではない。


 宝箱を発見した瞬間から。


 その表現で、才華は理解したのだ。


 視聴者と……自分の愚かさを。


「まあとりあえず、ここから出ようか」

「えっと、魔石は……」

「ん? ああ……」


 通路に散らばる200個の魔石。


 75層のものだと考えれば、売ればかなりの金額になるだろう。


「ほいっ」


 ブーメランを取り出して投げると、風が発生。

 魔石を集めながらすべて回収しつつ、男のところに戻ってくる。


 大きい袋を取り出すと、魔石はその中に入っていった。


「よし、これで全部だな」

「あんなにたくさんあったのに……」

「たくさんあるのを素早く集めるのも必要なことだ。というわけでさっさと……」


 先ほどから、急いで転移の柱に行こうとする男。


「ねえ、さっきからなんで急いで……」

「ちょっと諸事情……あ、遅かったか」

「えっ」


 二人がいる場所の下に、魔法陣が出現。


 また転移トラップかと、才華が顔を青くして……。


「めんどくさいなぁ」


 男はため息をつく。

 次の瞬間、周囲の壁が動き出す。


 今までいた場所は、紛れもなく『通路』だったはず。


 しかし、広々とした『部屋』に変わっていく。


「こ、これはいったい……」

「この階層は、ほかの階層から転移してきたときに限り、一定時間が経過するととある条件を満たす」

「条件?」

「特別なモンスターが出現するんだよ。あれ見てみ」


 指をさした方向では、魔力が集まり……一体の鬼が出現する。


 赤い肌と、猛々しい角。

 トゲだらけのこん棒を持った、身長10メートルの鬼だ。


「うぁ、ああああっ!」


 恐怖が呼び起されて混乱する才華。


「んー……ランダムのはずだが、嫌な奴を引いたな」

「い、嫌な奴って、まさか、あなたよりも――」

「いやまぁ……倒すのはぶっちゃけ楽なんだけど……」


 楽という男。


 しかし、彼にとって楽な戦いというのは、ナイフを投げて一撃必殺のはずだ。


 あの鬼が何者で、どういう強さを持っているのかはともかく、男ならば、即座に一撃で倒せるだろう。


 だが、何もしない。


「まだ、魔法陣による環境の変化の途中でな。その流れが終わるまで、あいつは無敵なんだよ」

「む、無敵?」

「マジで何をやっても通じない。そういうルールって感じだな。で……」


 演出の最後の最後。


 鬼は、雄たけびを上げた。


 圧倒的な肺活量と喉の強さによって爆音が解き放たれ……男が顔に着けている仮面が、塵となって消えた。


「あの雄たけびによって、何かを隠す行為がすべて無力化されるんだよ。めんどくさいだろ」

「えっ……や、槍水、飛鳥?」


 思わぬ流れでその正体を知ることになり、困惑する才華。


 突如さらしたその顔によって、コメント欄も盛り上がっている。


『ぶ、分析できた。槍水飛鳥……え、Eランク!?』

『ふざけんな! あれが『初級』なわけあるか!』

『実力を隠してたってことか』

『通ってる学校は……え、記載がない! 中卒!?』


 ドリームボードは情報ツールとして優れている。


 探索者の情報に関しても、名前、写真、ランク、出身校や所属チームは記載されるのだ。


「う、うそ……」

「嘘だと思ってても変わらんぞ。現実は変わらん。ただ……」


 飛鳥は才華の剣を見る。

 完全に折れており、修復は不可能だ。


「新しい武器は必要か」

「え?」


 飛鳥は右手を掲げると、そこに、一本の槍が出現する。


 荘厳な雰囲気。圧倒的な神々しさを発する、黄金の槍だ。


「そ、それ……この階層に降りてくるときの……」

「そうそう、それと同じ」

「そもそも、ダンジョンの床って、貫けるの?」

「実演したとおりだ」


 槍をつかむと、引き絞るように構える。


 その圧力におされたのか、オーガは一歩、下がった。


「とりあえず……お前は倒そうか」


 次の瞬間、槍が飛鳥の手から放たれる。


 圧倒的な勢いでオーガに向かって放たれ……その腹を貫通して、後ろの壁まで飛んで……そのままぶち破り、宝箱が置かれた部屋が姿を現した。


「えええええっ!?」


 圧倒的な火力と、その奥に隠された宝箱の部屋に驚く才華。

 オーガは塵となって消えて、大きい魔石を残した。


 それを拾いつつ、才華に肩を貸しつつ、その宝箱に向かって歩く。


 すぐにたどり着いた。


「こ、こんな方法が……」

「たまーにあるんだよ」


 飛鳥は宝箱に手をかける。


「え、ぶ、分析は……」

「魔法でもうやった。大丈夫大丈夫」


 宝箱を開けた。

 中には、一本の剣が入っている。


 水晶でできた刀身はとてもキレイで、業物を思わせる作りの剣だ。


「名前は……『天晶剣ブリュンヒルデ』か」

「こ、こんな剣が……」

「今まで使ってきた剣も折れちまってるし、才華が使うか?」

「そ、そんな……」

「だって、俺が使うと思うか?」

「それは、思わないけど……」

「じゃあ別にいらないし……ん? ああ、なるほど」


 何かを思い出した飛鳥。


「そうだなぁ。必要なことだけ言うと、俺は中卒探索者だけど、赤色グループは贔屓してるんだよ」

「赤色グループって、柚希ちゃんの……」

「そうだな。で……赤色学園は、いつでも編入を受け付けてるんだよ。預けておくから、転校したら倉庫に取りに来い」

「えっ……」

「六車高校のシステムは知ってるからな」

「……そっか」


 六車高校の生徒が手に入れた魔石やアイテムはすべて、一度学校の所有になる。


 そういうルールとなっている。


 もっとも、これは公立の探索者学校では似たようなものだが、とにかく、こんな剣を手に入れたら、本当に才華のものになるかわからない。


 才華自身が、自分の手で手に入れたものではないという自覚があるからということもあり、そこを突かれたら断れないだろう。


「んじゃ、めんどくさい事情もなくなったし、帰るか」

「……うん」


 そこからはもう帰るだけだ。


 ただ、その間にも、モンスターは出現する。


 それらを一撃でせん滅する飛鳥。


(……強いなぁ)


 ……その背中に、何も思わないほど、才華は無感動な人間ではない。

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