第17話 それはまさに天変地異

 槍水飛鳥によって、諸星才華の51層探索は、アクシデントに見舞われながらも終了した。


 そして、槍水飛鳥という少年の強さが露見することとなり、当然、その議論が進んでいる。


 オオカミの意匠があるナイフで、直線状にいるモンスターをすべて倒す。

 カラスの意匠があるナイフで、散弾のように周囲を攻撃する。

 神々しく荘厳な槍で、ダンジョンの床を貫くほどの攻撃を加える。


 情報としてはこのようなものだが、世の中にいる『考察勢』にとってはこの程度で十分。


 まさに、『オーディン』であると。


 北欧神話に登場する最高神であり、グングニルと呼ばれる神器は、神話に存在するアイテムの中でも屈指の知名度を誇る。


 投げれば必ず当たり、手元に戻ってくるとされるもの。


 そして、フギンとムニンと呼ぶワタリガラス。ゲリとフレキと呼ぶオオカミを従えていること。


 これらの要素が相まって、オーディンのようだとネットで騒がれており、これにまつわる『スキル』を持っているとされている。


 スキルとは、『固有魔法』とも呼ばれる素質のこと。

 現状、スキルを持っているかどうかを分析する方法は存在せず、自覚するまでは持っているかどうかもわからない代物だが、かなり高性能であると知られている。


 スキルを持っているかどうかが、『探索者』として素質が高い、Sランクに登れるかどうかの重要な要素だという意見も多い。


 ネット界隈では、槍水飛鳥が『オーディン』か、それにまつわるスキルを持っているという話で持ち切りだ。




 だが、それよりも大きい、『現実』ではどうだろうか。


 Sランクの活動階層は、51から60層とされている。

 そう、『51層以降』ではないのだ。


 10層ごとに、モンスターの強さは大きく上がる。

 50層と59層のボスの強さには大きな差があるが、59と60の間には、また高い差があるのだ。


 公的記録において、60層のボスを倒した探索者は『存在しない』のである。


 SランクはあってもSSランクはない。

 61層を適正とする立場はない。


 才華に対しても、60層にどれほどの期間で到達できるのかが期待されているだけで、それ以降はない。


 ……田中の想定はともかくとして。


 とにかく、そんな中で、『75層の中でも特別なモンスターを一撃で倒す探索者』が日本に誕生したのだ。


 ありとあらゆる学会が、ありとあらゆるメディアが、ありとあらゆる政府が。


 これを見て愕然としたのは言うまでもない。


 高校に進学せず、中卒で探索者として本格的に活動しており、赤色グループを贔屓にする。


 それが、あの生配信で通された。


 この意味はあまりにも大きい。


 そして、飛鳥が持つ圧倒的な強さが『オーディン』に関するスキルであるとされたわけだが、スキルで出せる武器は他人に使えないため、彼の強さに再現性はない。


 しかし、75層の中でも特別なモンスターを乗り越えて手に入れたあの『武器』に関しては、それまでと大きく意味が違う。


 鉄を加工し、武器にする技術は、地球では本当に長い間やっていることだ。


 しかし、『魔法』の力をうまく取り入れて、『完成品』といえるのは、今回の武器が公的に初となる。


 魔法が世界に出現して50年。

 短いとも長いとも言えない時間だが、『完成品』を作り出すには短すぎる。

 そもそも人類の製鉄技術に関しても、継承されずに再現できないものもあるのだ。


 武器として完成品。


 これが『赤色学園』の倉庫に預けられ、いずれ、転校した諸星才華が手に入れる。


 その流れが出来上がった以上、赤色グループの動向は嫌でも注目される。


 これまで、赤色グループは決して弱いとはされなかったが、目にかけるほどではないといわれていた。


 なんせ、企業であり、国と密接な関わりが発見できなかったため、予算に大きな制限があるとされていた。


 魔法産業にかかわる企業は数多いが、日本政府から莫大な補助金を得て研究しているところも多く、それらに比べて『実力は落ちる』とされていた。


 それが、『これほどの強者』を抱えているとなれば、意味は異なる。


 武器としての完成品。

 これを解析するだけで、赤色グループの武器の品質は劇的に向上するという意見もある。


 魔法産業における『環境』が、大きく変わろうとしているのだ。


 たった一人で、これまでの常識を破壊し、環境を激変される少年。


 世間は、彼を、天変地異ディザスターと呼び始めていた。


 そして、一人の少年が栄光を……いや、神話を築き上げる中で。



 一人の教師の絶望もまた、現実となる。

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