第18話【田中SIDE】 実質、終わりも同然

 六車高校の応接室。

 そこでは、魔法省からやってきた役人の男が、テーブルに様々な資料を並べている。


 役人の男の向かい側には、居心地が悪そうにしている田中がいる。


「はぁ、田中天馬さん。状況は理解していますか?」

「た、大変、申し訳ございません!」


 ソファから降りて土下座する田中。


 あれから、様々な情報が公開された。


 まず、諸星才華により、『51層のボスの情報は、安全エリアにやってきた槍水飛鳥が話してくれたことである』という、告発動画が公開された。


 加えて、あの時50層のボス前安全エリアにいた鍛冶師とエンジニアの男が、槍水飛鳥という絶対的な強者の怒りに触れるのを恐れて、魔法省に話したのである。


 加えて、コンビニ前の飛鳥と田中の映像記録が公表された。

 あの短い時間の中に、強烈な内容がいくつも含まれている。


『あの程度の授業は自習にしても問題ない』

『少し暗躍すれば、飛鳥のライセンスの取り消しが可能』

『バカは肩書で判断するのだから、特待生を受け持つ私のほうが優先される』

『飛鳥が手に入れた情報ではあるが、中卒探索者ではなく自分が使うべきだ』

『人が手に入れたものを出せといって、出さなかったら盗まれたと公表する』

『社会は今、教師の味方だから警察に行っても無駄』


 軽い気持ちで人のヘマを見に来た人間にとっては、臭すぎて鼻がおかしくなりそうなものに仕上がっている。


 ……なお、コンビニ店員の望海のぞみが動画をアップロードしたわけだが、その際、あの身の毛がよだつ泣き演技は出さなかった。

 ここまで来たら必要がないということもあるが、望海としても見ていてキショかったので。


 そのため、ここまで田中が表に出してきた情報は、そのどれもが、槍水飛鳥が調べた内容だということが知れ渡ったのだ。


「六車高校の信用にかかわる問題なのですよ。本当にわかっていますか?」

「申し訳ございません! これから精進しますので――」

「もうもはや、あなたが謝ったところで解決する話じゃないんですよ」

「そ、そんな……」

「あなたが公表した情報の多くは、この日本で有数の探索者チームが抱えていた重要な情報でした。それを公表したあなたに、恨みを持つ人間は多い」


 情報の調べ方は様々だ。

 飛鳥は別に、その探索者が使っていたパソコンからデータを抜き取ったのではなく、あくまでも自分で調べた情報に過ぎない。

 その参考文献もしっかりそろっている。


 そのため、それぞれの探索者たちは、『勝手に公表されたこと』そのものを責めることはできない。


「し、知らなかったんです! 槍水飛鳥が調べた情報を公開しただけです! 私は知らなかった!」

「……はぁ、まだ、我々があなたに失望しているポイントはあるんですよ」

「えっ……」

「あの剣が諸星才華のものになると槍水飛鳥が口にしながら、あなたが六車高校の倉庫で抱えるように指示を出さなかったことです」

「そ、それは……」


 状況があまりにも急展開しすぎてついていけなかったのもあるが、確かに、田中は途中から特に何も言っていなかった。


 ちなみに、公立の探索科学校において、ダンジョンから手に入れたアイテムは、一度学校側のものになり、そこから生徒たちへ渡されるのがルールとなっている。


 もちろん、大体のアイテムは学校側が記録した後、手に入れた生徒たちのものになるが、昨今は学生でも配信をしている場合があるのだ。

 このルールができる前は、心が強くない生徒が高性能なアイテムを手にした場合、上級生や外部の企業から強く求められた際に断れないというケースが多発していた。


 そのため、『一度学校側に預ける義務があるから渡せません』の一点張りで外部からの口出しを止めてもらうことで、生徒たちの成果を保護するという目的がある。


 もちろん、今回の才華のように、強力なアイテムを手にしたときに、言いくるめて学校側で抱えることもあるが。


 まあ端的に言えば、法律で時々ある、『ルールの被害者はいるが、それ以上に恩恵を受けている人が多いヤツ』である。


「あの剣があれば、魔法技術は圧倒的に進んでいたはず。それを確保できる最も近い場所にいたんですよ? 何故確保しなかったのですか?」

「き、気が動転していて……」

「要するに、あなたの器はその程度ということです」


 役人の男はため息をついた。


「まぁ、ここでウダウダ言っても仕方がない。あなたの処分は決まっているので」

「はっ?」

「ここに来る前、槍水飛鳥のところに行ったんですよ。あなたの窃盗についてどうするのかと」


 はぁ。とため息をつく。


「最初は被害届を出そうと思わないって言われたんですよ。75層に潜れる自分は、50層の情報であれこれ言わないと」

「お、おお……」

「ただ、出してもらうことにしました」

「なっ……」

「『ダンジョン情報窃盗罪』の上限である懲役20年まで、こちらが用意した優秀な弁護士に戦ってもらいます。情報は10層や20層ではなく、50層の情報が多数ですからね。まあこれくらい狙えますよ」

「に、20年……」


 普通の窃盗罪であれば、上限は懲役10年。


 その倍の懲役が設定されているのは、それだけ、ダンジョンの情報が大きな意味を持つからである。


「まあ、これはあなたの命を助けるためでもあるんですよ」

「はっ?」

「あなたが公表した情報は、反社会組織が秘匿していたダンジョンの情報も含まれています。いつ、後ろから刺されるか、スナイパーに狙われるか分かったものではない。その分、刑務所にいれば安全ですから」

「ば、バカな……こ、この私が……」

「あなた今、32歳ですよね。20年もたてば52歳ですか。まあ、頑張ってください」

「ま、待ってください! こ、こんなことになるなんてあんまりだ!」


 魔法の出現で健康レベルにも多少の影響はあるが、それでも、男性の平均寿命は八十歳程度。

 その四分の一を刑務所暮らしだ。しかも、『20年の懲役刑を食らった前科持ち』という札付きで。


 さすがに20年もたてば、今回の被害者はそれ相応に恨みも薄れるだろう。


 反社会組織に関しては、そもそも存在しているのかどうかも怪しい。


 探索者だって引退を考えるころだろうし、会社も、20年以上維持するのは珍しいほうだ。


 環境は変わっているだろう。


 いずれにせよ、田中の居場所がないのは、間違いない。


「安心してください。あなたの現状を放置していたこの学校の教師も、何人か道連れにしますから」

「あ、あぁ……」


 助けてくれる者はいない。


 助けられるほどの力がある人間もまた、処分の対象になるのだから。


 ただ、泣き崩れるしかない。


「さて、私は裁判の準備で忙しいので、これで失礼しますよ」


 田中を蔑んだ目で見ながら、役人の男は応接室を後にした。

 扉を閉めて……。


「槍水飛鳥……か。『迷宮貴族』へ招くのにふさわしいか否か、測らせてもらいましょうか」


 誰に言うわけでもなく、そう、つぶやいた。

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