第19話 才華の転校準備

「んん……八重さんの太もも気持ちいい……」

「普段からいいものを食べてますから」


 飛鳥の家のリビングにて。

 ソファに座ったメイド服の八重の太ももに、才華は頭を置いて寝転がっている。


 ちなみに、才華の格好はTシャツにホットパンツという、普段着にしてはちょっと肌の露出が多いものになっており……。


「才華さんの太ももだってとてもおいしそうですよ!」

「何言ってるんだ?」


 おにぎりをもぐもぐ食べている柚希に、タブレットを見ている飛鳥が突っ込んだ。


 というわけで、飛鳥、柚希、八重、才華の四人でリビングに集まっている。


「そういえば、才華さんは赤色学園に転校が決まったんですよね」

「そうだな。高等部一年に入ることになったが、実力は問題ない。というか、赤色学園はそこまで、入学するのに実力を優先してないからな」


 赤色学園は、生徒たちに対し、『みんな仲良く』が浸透するような教育を進めている。

 もちろん、絶対的に徹しているわけでもなく、ただ、何か迷ったことがあったときに、『だれかに頼ればいいのだ』ということを教えている。


「飛鳥様は赤色グループを贔屓にしていますし、才華さんも転校しますし、話題性のほとんどが集中してます。かなり対応に追われるのでは?」

「あー、お母さんが大変だって言ってましたよ」

「んー……まあ、何かあったら俺に迷惑かけたらいいって言っておいたし、大丈夫だろ」

「飛鳥って、なんか、器がデカいっていうか……すごいわね」

「まあ、それで開き直るやつは昔から多いからな」

「へぇ」

「今も、赤色大学の四回生が書いた論文を見てくれって確認してる」

「えっ……飛鳥って、大学生が書いた論文とか読めるの?」

「最初は苦労したが、まあ今では普通に読めるようになったよ」


 時々ダンジョンに入って莫大な稼ぎを得て、普段は家でゴロゴロしているのが飛鳥である。


 その気になれば論文くらいは読めるのだ。


「そうなんだ。いろんなテーマがあるんじゃないの?」

「そうだな。たまにふざけた内容のやつもいるが」

「例えば?」

「『魔法植物を利用したGカップ育乳法』とか」

「無法地帯じゃん」

「あの時は久しぶりに本気を出したな」

「俗物ですね。飛鳥様」

「禁欲主義じゃないからな」

「おー! だから、赤色グループの女の人は胸がデカい人が多いんですね!」

「残酷な真実」

「まあ、それは……どうなんだろう。まあ、その論文も、魔法植物と人間の体の関係性に大きく着目したのは間違いないからな」

「要するに、その論文の内容が正しい場合、その育乳理論を支える理論もまた正しいということになりますからね」

「ふむふむ、やっぱり胸は大きいほうがいいということですね!」


 すごくアレな締めくくり方だが、それでいいのか。


「……あれ、じゃあ、なんで望海さんはBなんですか?」


 コンビニ店員の望海のぞみ


 可愛らしいボブカット少女だが、胸はBである。


「個人差だろ。やったけどあんまり効果がなかったって言ってた」

「あー、それはかわいそうですね」

「自分が大きいからって……」


 真顔でかわいそうなどという柚希だが、柚希と才華はEで、八重はFなので、あまり余計なことをごちゃごちゃ言わないほうが身のためである。


「……ん?」


 飛鳥がテレビを見た。


『次のニュースです。六車高校の教師を務めていた田中天馬さん三十二歳が、『ダンジョン情報窃盗罪』により、懲役二十年の実刑判決が言い渡されました』

「!」


 才華が飛び起きた。


「……先生が、懲役、二十年?」

「……そこまでもっていったか」

「え、飛鳥さん。どういうことですか?」

「この前、魔法省の役人がここにきて、窃盗罪の被害届を出さないのかって言ってきたよ」

「それで……」

「俺は出さなくてもいいって言ったんだけどな。あの程度の情報の十や二十。盗まれたところでどうってことないし」

「まぁ、飛鳥ならそうよね」


 ダンジョンのクリアまでできる飛鳥にとっては、その程度のことだ。

 そもそも90層とかになると、『人間という種族を前提としない難易度』になってくるためである。


 そんな時に、50層の情報であれこれ言われても困るのだ。


「それを言ったら、『諸星才華の転校に対して、反対意見を六車高校で出ないようにおさえておく』って条件を出してきた。悪くないカードだったからそれに乗ったんだが……まさかここまでとはな」

「え、でも、これ……どういうこと?」

「んー……いや、多分、学校への名誉棄損だと、最大でも懲役三年だろ? それだと腹が立つってやつらが、最大で懲役二十年にできる『ダンジョン情報窃盗罪』を適用させるために、俺に話を持ってきたのさ」

「腹が立つからって……一体、誰が?」

「……まあ多分、迷宮貴族だろうな」


 飛鳥が出した『迷宮貴族』というフレーズ。


 それに対し、八重と柚希はどこか納得した様子で、才華は首を傾げた。


「迷宮貴族って……何?」

「ダンジョン世代の黎明期。とある転移トラップを踏んで、かなり深い階層の安全エリアから何かを持ち帰ることに成功した三人の探索者。そこを原点とする集団だ」

「転移トラップ……」

「転移トラップの『最悪の踏み方』は、深い階層の、安全エリアから遠い場所に飛ばされることだ。ただ、中には、『充実した安全エリア』に飛ばされるケースもある」

「あー。安全エリアの中でも、美味しくて安全な木の実があるところもありますよね」

「逆に何もない安全エリアのほうがほとんどだけどな」


 木の実があったり、採取スポットがあったり。


 安全エリアといっても、モンスターが入ってこないだけではなく、探索者にとって有利なアイテムが手に入る場所もある。


「その深いところから、何を持ち帰ったんだろう」

「まあおそらく……『日本中のダンジョンの情報が記載された本』だと思うが」

「日本中のダンジョンの情報!?」

「ああ。日本と海外で、新しいダンジョンの発見とその対応について比べればわかるんだが、さっき言った『充実した安全エリア』があるダンジョンに関して、その発見数が著しい」

「お、おお……」

「加えて、海外だと、『研究所』や『図書館』や『遺跡』といった、何か情報につながりそうなダンジョンはいくつか発見されているが、日本では全く発見されていない。ダンジョンの出入り口をフロント企業の建物で隠してるんだよ」

「……なるほど、何より、情報が大事だと」

「そうだ。何より情報が大事という『思想』がある。だからこそ、『ダンジョン情報窃盗罪』は、本来の窃盗罪の、倍の最大懲役が設定されてるんだ」

「むむむぅ……」


 何を禁止するのか。というより、どんな行為にどれほどの罰を与えるのかに関しては、なにより『思想』がかかわる。


 情報の窃盗に大きな厳罰を科すのなら、それは、情報が大切という思想があるからに他ならない。


「加えて、その『本』だが、そこまで網羅性は高くないと思ってる」

「どういうこと?」

「実際に九十層とかのアイテムを手に入れたらわかるんだが、性能も派手だけど、コストもすさまじい。本といったけど、『本の形をしたマジックアイテム』といったほうが近いか。莫大な魔力を使わないとそこまで情報が広く深くならない」

「ふむ……ダンジョンにあるものなら何でも手に入るほど、都合のいいアイテムではないと」

「都合のいいアイテムだよ。ただ、都合よく使う『資格がない』って感じだな」

「なるほど、ところで、その迷宮貴族って、何を目的に、どんなことをたくらんでる人たちなんですか?」


 柚希が疑問を口にした。


 そう、迷宮貴族が、大昔に『本』を手に入れてから暗躍しているのはわかった。

 しかし、あくまでも『本』である以上、情報でしかない。


 その情報で何をしようとしているのか。


「まあ、日本の支配でもやりたいんじゃないか? 政治にも経済にも、重要なところには入り込んでるやつらだし」

「重要なところ……総理大臣とか?」

「そうだな。三代前からずっと、総理大臣は迷宮貴族出身だ」

「……」


 才華が『試しに言ってみただけなのに』といった顔になっているが、残念ながらその通りである。


「まあ、日本の支配がゴールなのか通過点なのかは知らんけど、最低でも、日本の支配くらいは考えてる。そのために裏で暗躍する奴らだってことは覚えておけ」

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