第20話 才華の転校初日。生徒会長室にて

「ここが生徒会室ね」

「違いますよ。生徒会長室です。生徒会室はまた別にありますよ」

「……なんで分けられてるの?」

「権限的にいろいろあるんですよ」


 赤いブレザーの制服を着た柚希と才華。


 二人は、赤色学園の生徒会長室の前に来ていた。


 転校生は生徒会に行くことになっていて、それでここにやってきたのだ。


「では、入りましょう!」


 柚希は元気そうな様子で、ドアをノック……ではなく開けた。


有栖ありすさん! 遊びに来ましたよ!」

「あらあら、案内のはずでしょう。まったく……」


 元気に『遊びに来た』といった柚希だが、それに対する返答は、とてもゆったりした落ち着きのある声色だ。


「失礼します」

「いらっしゃい」


 才華が入ると、この部屋の主……桃色の髪をロングストレートにした、Gの胸部装甲を持つ美貌の少女が、優しい雰囲気で待っていた。


 転校ということで若干緊張していた才華だが、少女の雰囲気で和らいだのか、肩の力は抜けたようである。


「な、なんかすごく、奇麗な人ね」

「ありがとうございます。諸星才華さんですね。私はこの赤色学園の生徒会長を務める、桜木有栖さくらぎありすです」

「よ、よろしくお願いします」

「そんな畏まらなくていいんですよ! 私や才華さんと同い年ですから!」

「どちらかというと、私と柚希が同い年なのがなんか納得できてないけど」

「何でですか! いくら私が五歳児に見えるとよく言われるからって、実年齢はれっきとした十六歳なんですよ!」


 何がどうなると十六歳の高校一年生が五歳児に見えるのか。という話だが、まあ、それは柚希だからということで。


「まあとりあえずそれはいいとして、有栖さんの胸はすごいでしょう! Gカップなんですよ!」

「でけぇ」

「しかも、なんか柔らかい胸をもみたいなーって思いながら揉んだらむにゅむにゅしてて、弾力のある胸をもみたいなーって思いながら揉んだらしっかり手ごたえがあるんですよ!」

「揉んだことあんのかよ!」

「うっへっへっへっへ!」


 勝手に興奮している柚希。


「ふふっ、才華さんも揉んでみますか?」

「え、遠慮しときます」

「あら残念。こう見えて、男女問わず、年下にはよく揉ませてるんですよ?」

「思春期の少年少女になんてことを」

「この学校には、ほかの学校で期待に応えられず、挫折した子もよく入ってきます。立ち直らせるときに、うまく刷り込み……ではなく、優しく接する場合に便利ですから」

「さっき刷り込みって言わなかった?」

「そんなことはありませんよ♪」


 すっごい笑顔になる有栖。


 才華は思った。


 この人、髪色は真っピンクだが、腹の中は黒いかもしれん。


「さてと、遊ぶのはこれくらいでいいとして、簡単にこの学校について説明しましょうか」

「あ、お願いします」

「この学校は、『赤色グループ』が運営母体の私立学校であり、探索科学校です。基本的に、午前中は授業。午後はダンジョンに潜るか、潜るための準備をすることになっています」

「まあ、そこは公立と変わんないわよね」

「はい。授業に関しては、簡単な提出物……そうですね。授業中に仕上げられる程度のものができていれば単位をとれます。あとは、ダンジョンに潜ることによるアイテムの獲得が、卒業できるかの単位にかかわります」

「そこも変わらないわね」

「というより、世間が探索者に求めているのはアイテムの確保ですから、それができるのなら問題はないということです」


 アイテムの確保。


 探索科学校に通う子供たちは、基本的に卒業後もやることは変わらないため、そこができていれば問題ないということだ。


「それから、公立との大きな違いとして、ほかの生徒と強制的にかかわるプログラムが多く設定されています」

「ボドゲをやるというのは聞いたわ」

「レクリエーションですね。それから、生徒たちは大体、自分一人では解決できない課題が出されます。そして、誰に頼んで協力してもらったらその課題が解決できるのか、ある程度教えてくれます」

「あー、それで、みんなが頼んだり、頼まれたりする関係をつくるってこと?」

「その通りです♪」


 一人で解決できない課題をクリアする。


 これに対して、誰にも頼まず、強引にやったとしても続かない。


 なぜなら、一人で解決できないことというのは、それを何とかするためには、『普段と違う動きが求められるから』だ。


 そんな状態で、一人で無理に解決しようとして視野狭窄になっても意味がない。


 だからこそ、だれかに頼む。


 もちろん、課題で必要だから頼むとか、そういう精神で頼むのではなく、頼み方もしっかり学ぶ。


 赤色学園を卒業すれば、そのまま赤色大学に進学するか、もしくは赤色グループにかかわる探索者として活動するパターンが多いので、子供のうちに、『ちゃんと頼む』という経験を積むのは重要だ。


「……それって、有栖さん自身も?」

「もちろんです。基本は頼まれる側ですが、頼む側になることもあります」

「一体、誰に?」

「この学校だと、一定の水準を超えると、頼む相手は飛鳥さんになります」

「あ、飛鳥に……」


 生徒ではないが、それでも、赤色グループの関係者であり、生徒たちにはしっかりかかわるのだろう。


「それから、探索者としてソロ活動する場合であっても、『ソロ探索者が集まるコミュニティ』に所属することになります」

「えっ……」

「専用の建物がありますから、そこでほかのソロ探索者にあってみるのも面白いですよ」

「有栖さんは昔はソロ活動でしたね!」

「中等部一年はそうでしたね。よく高等部三年の男の先輩の傍に、急に現れたりして遊んでいました」

「余裕あんなコイツ……」

「まあ、中等部二年からは生徒会長になったのでそんな余裕はなくなりましたけど」

「どういうスペックなのこの人」

「G!」

「胸の話じゃないわ!」


 調子に乗っている柚希に突っ込む才華だが……。


「あれ、私、なんか突っ込み役になってない?」

「才能はあると思いますよ♪」

「……」


 なぜだろう。すごくイラつく。


「さて、大体のことはわかりましたか?」

「まあ、大体のことは……」

「それから、これは才華さんに対してのみ言いますが……迷宮貴族には気を付けてください」

「迷宮貴族……黎明期に、『ダンジョン図鑑』を手に入れた人たちよね」

「まあ端的に言えばそうです。才能のある人を誘拐して、子供を産ませて勢力を拡大することなんて日常茶飯事ですし、さらわれたら人権などありませんから」

「えっ……」


 顔が青くなる才華だが……。


「まあ忠告しておいてアレですが、そこまで気にする必要はありません。学校の敷地内に必要なものは大体そろっていますし、学校から一番近いダンジョンまでは、警備のレベルも高い。加えて……」

「加えて?」

「この学校の中は当然として、その周囲は、自宅にいる飛鳥さんにとって『射程範囲』ですから。安心してください」

「射程範囲ね……」


 肩の力が抜けた様子。


「……その様子だと、本当に安心していますね」

「まあ、そりゃそうよ。知ってるでしょ。あの配信」

「もちろんです」


 才華は、飛鳥の強さが、75層のモンスターを瞬殺するレベルである。ということまでは知っている。

 そして……。


「飛鳥さんって、ダンジョンをクリアできるって聞いたことがありますけど」

「ええ、私も聞いたことがあります」

「え、ひゃ、100層を突破できるの!?」

「みたいですね」

「……どうすれば、そこまで強くなれるのかしら」

「んー。これは飛鳥さんが言っていたことですが」


 有栖は、優しい表情で答える。


「『スキル』の持ち主は、自分が持っている力の全貌に気が付いたとき、その『扱いにくさ』も同時に自覚するそうです」

「扱いにくさ?」

「コストなのか、制約なのか、それはともかく、『スキル』は強い力ですが、最初からその力のすべてを万全に使えるように、人間の体はできていないとのこと。そこに合わせて鍛えることで、強くなれたと」

「てことは……飛鳥のあの『オーディン』みたいな力も……」

「おそらく、何か大きな使いにくい要素があった。それを克服したからこそ、あの強さがある。ということです」

「じゃあ、スキルがない私は……」

「……フフッ」


 才華の言葉に、間違いなく、有栖は微笑んだ。


「ん?」

「いえ、何も。ただ……75層のあそこで、あの剣が手に入ることは、最初から飛鳥さんにはわかっていたはず。そのうえであなたに与えたことは、何か意味があると私は思いますよ」

「……そっか」

「む! そろそろ時間ですよ! 才華さん。教室に行きましょう!」

「え、もうそんな時間?」

「そうですよ! それでは有栖さん。お邪魔しました!」

「ええ、またいらっしゃい!」

「またムニュムニュしますね! それじゃあいきますよ!」

「あ、ちょっ」


 柚希は才華の手を引っ張って、生徒会長室を出て行った。


 ……扉が閉まった後。


「……フフッ、『スキルがない私は』ですか、二つの意味で笑ってしまいましたね。飛鳥さんのあの強さを見て、自分もそれにたどり着きたいと思えたことに……そして、才華さんもまた、スキルを持っていながら、使っていながら、それを自覚していないことに」


 有栖は立ち上がると、窓から学園の敷地を見下ろす。


「……あの強さに至ることをあきらめ、飛鳥さんを、依存する相手としか見れなくなった私とは大きく違う。柚希さんとの相性もそうですが……やはり、この学校にくる子は、みんな面白いですね」


 優しい笑みを浮かべて、そう、呟いた。

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