第21話 ホームルーム。

「今日からこのクラスに入ることになりました。諸星才華です。よろしくお願いします」

「「「おっぱいでけえええっ!」」」

「ハリ倒すぞ!」


 赤色学園高等部一年二組。


 朝のホームルームで才華は入ってきたわけだが、まあなんとも、正直すぎる男子のソレにブチ切れていた。


「あはははははっ! 才華さん。この学校は大体こんな感じだから、慣れたほうがいいよ~」

「地獄か……」


 教壇に立つ若い女性教師、麦野千秋むぎのちあきが腹を抱えて笑っている。


 ちなみにこの教師、黄緑色の髪を長く伸ばしており、その胸はFはありそうでとても大きいうえに、大学を出たばかりと思うほど若々しい。


 ……ちなみに実年齢は●歳である。


「……先生。あの、その拳銃で何を撃ったんですか? 弾丸が途中で消えましたけど」


 千秋の手には拳銃が握られている。

 魔力を固めて、それを弾丸として発射する『無属性魔法ガンナー』といった戦闘方法で戦うためのものだ。


「不都合な事実を隠ぺいしたんだよ」

「何をやったのかはともかく教師のセリフとは思えない」


 確かに教師が『不都合な事実を隠ぺい』というのは、不祥事にしかつながらないセリフである。

 まあ、この場合は追及しても仕方がないが。


「才華ちゃん。千秋先生の不思議な行動にあれこれ言わないほうがいいよ」

「そうなの?」


 先ほどおっぱいがデカいなどとふざけた男子が言った。


「そうそう、千秋先生はその腹の中の黒さをうまくジョークに取り入れるうまさが魅力的な人だから」

「腹の中が黒いとは思ってんのか」

「よく学園長の悪癖にタバコ吸いながら文句言ってるからね!」

「学園長の悪癖?」


 学園長。というと、『学園の顔』といったところだろう。

 学校にもよるが、業務に関しては教頭先生に任せておけば十分なケースもある。


「話が長い」

「そして意味が分からない」

「そのくせ生徒会長がレイピアで脅したらすぐに逃げる」

「……」


 才華の脳裏に、レイピアを構えて真っ黒な笑みを浮かべる有栖の姿が思い浮かんだ。

 ……なんだろう。さっき会ったのが初対面なのに、想像するのに苦労しない。


「長いとはともかく、意味が分からないって?」

「魔法とはフェルマーの最終定理よりも難解で、世界の真理に人類を導くものなのです。とか言ってた」

「なんでそんな宗教を感じる人が学園長をやってるの?」

「生徒一人ひとりの能力をしっかり把握、記憶できて、生徒たちが将来的に必要になる人脈を構築できるからだよ」

「バケモンか」


 ……そして、ふと思うことがある。


 多分、有栖が生徒会長になったのは、学園長の『意味の分からん長い話』を聞いて、『こりゃ聞いてられん』となり、黙らせる立場を手に入れるためなのではないだろうか。

 あながち間違っていないような気がする。


「まあとにかく! そんなかんじで! 才華さんはこれからこのクラスで一緒に学んでいくんですよ!」

「柚希。あまりにもまとめ方が強引すぎるとは思わないの?」

「この学校の生徒はみんなコミュ力が高いですからね。キーワードが一個あれば、それでどこまでも脱線して話が終わらないんですよ!」

「女子か」


 話が『終わらない』というより、『終わりようがない』というのが、才華が思う『女子の会話』なのだが、柚希から見ると、それがこの学校では基本らしい。


 うーん。地獄だ。


「さて、あんまり長くなっても仕方ないし、才華ちゃんの席は……柚希ちゃんの隣だね」

「わーいわーい♪」

「それじゃあ、休憩時間の後、授業があるから、準備しててね」


 というわけで、才華の、赤色学園での生活が本格的に始まった。


 ★


 その日の午後。


「で、どうだった?」

「なんか、思ってたより、授業でやってることのレベルは高かったわ」

「そうか。それはよかった」


 才華は飛鳥の家に来ていた。


「飛鳥様が教科書を実際に確認して、どの内容を重点的に教えるかを考えてますから」

「へぇ、じゃあ、あの授業って、実質的に飛鳥からものを教わってるのとほとんど同じってこと?」

「まあほとんど、だな。個別のケースならともかく、教育現場という前提ならその認識でいいよ」

「なんか、すごい話よねぇ」


 飛鳥は十六歳で間違いない。


 しかし、物をしっかり教えられるレベルまで、『探索者に求められること』がわかっているということだ。


「……そういえば、飛鳥のあのオーディンみたいな力って、どういう制約があったの?」

「スキルの話か」


 飛鳥はこの段階で、有栖が才華に、スキルの強さとその制約について話したことを理解した様子。


「そうだなぁ……まぁ、隠すようなものでもない範囲なら、あの槍だけど、俺があれを出せると認識したとき、信じられない魔力消費量に加えて、重さが一トンあった」

「一トン!?」

「そうだ。使えると自覚したのは五歳くらいだったかな。当然、身体強化はほぼ使えてなかったし、というか使えたとしても武器にするような重さじゃない。当然扱えなかったよ」

「まぁ、そりゃそうよね」

「まず基礎的な身体強化に加えて、体内の魔力量も増やして、扱う武器の重量を軽減させたり……とにかく、『投げる』ってことに対して、体の構造をどこまでも最適化させた。その結果があの強さだ」

「そっか……」


 一トンという驚異的な制約を誇るグングニル。

 普通ならあきらめるかもしれないが、それを何とかしようとして、克服したのがあの強さということだ。


「ただ、一番必要なのは、それを何が何でも使いこなせるようにするっていう『熱意』だと思うけどな」

「熱意?」

「スキルは、その力を適当に引き出してもそれっぽい強さが出る。気が付いたときは使いにくくても、普通に探索者として活動していれば、それ相応に許容範囲が広くなって、万全ではなくても、スキルの力を引き出せるようになっていく」

「ふーん……」

「スキルに対してどこまで熱意を込められるか。中途半端なら60層で止まるし、そこで妥協しないやつが、60層を超える。そんなものだと俺は思うよ」

「なるほど……」


 才華がうなずいたとき……。


「お邪魔しまーす」

「ん? 望海か」


 コンビニ店員の望海が、レジ袋を手にリビングに入ってきた。


「あ、諸星才華さんですね。よろしくです」

「えーと……」

「私は麦野望海むぎののぞみ。この家の向かい側のコンビニでバイトしてます」

「えっ……麦野って……」

「千秋先生の娘だよ」

「娘……見た感じ姉妹にしか見えないけど」

「んー。まあ、そうだろうな。というか、望海も、俺と同年代に見えるけど、八重と同じ十九歳だろ?」

「その通り」

「十九歳の娘がいて、あの外見……」


 午前中に会った千秋の姿を思い出す。


 ……その、なんというか。


 飛鳥のスキルの話にも、いろいろ謎がありそうではあるが、こっちのほうが謎だ。


 ただ……。


(若く見える遺伝子は受け継いでるけど、巨乳の遺伝子は受け継がなかったんだな。とは、言わないでおこう)


 正しい判断である。


「才華さん。目線でわかりますよ」


 望海の目が笑っていない。


「え、えーと……」

「まあ、口には出てないので不問にします」

「ど、どうもです」

「いつだったか忘れたが、柚希が『いい感じの薄味だと思いますよ』って言ってたぞ」

「ちょっと焼き入れてきます」


 レジ袋を床に置くと、望海はリビングから出て行った。


「……え、いいの? あれで」

「ん-、まぁ、柚希はいいんだよ。そんな感じで」

「うーん……何がどうなると、そうなるのやら」


 六車高校にいた時よりも明け透けな人間関係ではあるが、だからこそ、衝突というか、『くっだらねぇ話』が多そうだと、才華は思った。

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