第22話 天晶剣ブリュンヒルデ
「んー……ほっ!」
エネモンナ洞窟51層。
ゴブリンたちの巣窟であるこのダンジョンで、才華は剣を振っている。
そしてその剣は、飛鳥があの時発見し、彼女のものとなり、赤色学園の倉庫に預けられた『天晶剣ブリュンヒルデ』だ。
「はぁ、この剣、本当に、やばいくらい斬れるわね」
試し切りということで、剣をダンジョンに持ち込んで使っているわけだが、すごい切れ味だ。
以前使っていた剣もそれ相応に業物だが、田中がどこかのメーカーから金をもらっていたのか、その特定の企業の武器しか使っていなかった。
もちろん、その企業も大手なので質は確かだが……まあ、田中を金で釣って入り込もうという企業が、生粋の職人気質を持っているとは思えない。
「ただ、切れ味がすごすぎて、なんかコントロールが効かない部分もあるわね」
ゴブリンを切ったのはいいが、近くの壁や床にも斬撃が入っており、さすがに亀裂を入れるほどではないが、しっかり切り傷となっている。
武器と相手に対して、無駄な力が入っている。
ただ、武器の性能が高すぎる。
「でも不思議なのは、これを分析しても、武器の研究が進むわけじゃないってことかしら」
次に出てきたゴブリンを斬って、ついでに床や壁にも傷を入れつつ、倉庫で受け取ったときに職員から言われたことを思い出す。
「ダンジョンの宝箱に入っているアイテムは、魔力から直接、『この形と性能』で生み出される。端的に言えば『創造魔法』といえるもので、『製法』として人間が科学的に模倣できるものではない。か……」
鉄分子一個単位で……というほど細かいかはまた別とするが、いずれにせよ、魔力がちょうどよく配合された鉄から作ったのではなく、最初から『この形』としてくみ上げている。
「50層までのアイテムなら、人間の科学力でもマネできる。でも、51層から60層を『人外』と称される探索者が挑むダンジョンにおいて、本来の人間の限界は50層。この『限界が50層』というのは、探索者だけでなく、科学者にとっても適応されると……」
ダンジョンに探索者が挑む場合、41層から50層なら『天才』でありAランク。51層から60層なら『人外』でありSランクだ。
そう、本来の人間の限界を超えているとか思えないから『人外』と称されるのであって、それは人間にとって、普通の科学力で分析できるのもまた『50層まで』という指標は適用される。
「ダンジョンの研究分野における『人外』に見せたら何かわかるかもしれないけど、残念ながらそこまでの『研究者』を生み出すまでには至っていない……か」
世の研究者に資金を投じるのは、それで探索者の質を上げたいからだ。
決して、その資金の投じ方は、対象が探索者であって科学者ではない。
もちろん、科学者たちも、探索者に対して研究を進める中で、発見できることは多いだろう。
だが、それでも、わかるのは、50層までだ。
しかもそれは、発見という『結果』であり、そこだけを評価すると悪手だ。
51層以降について研究する。という行為は、多くの場合、予算を無駄にすることが多い。
そこをどれだけ我慢して、役に立たない副産物を生み出せるか。
科学者として人外が出てきたとしても、そこにデータが何もなければ、『組み合わせようがない』のだ。
なんせ、その研究には、『まだ名前すらついていないような理論』がいくつも必要になる。
科学者の人外が出てきたときに、盛大に活用できるように、どれほど瓦礫の山を積み上げられるか。
「51層以降に、科学的な分析を持ち込むっていうのは、そういうこと。うーん……」
才華は唸る。
51層という、紛れもなく『人外』の領域で。
それは彼女に余裕があるからということもあるだろう。
赤色学園にきて、いろいろ吹き込まれて、今挑んでいる51層がひどく狭く見えるほど、『新しい世界』が見えた気がするからだ。
それによって、まあ、気分がいいようである。
「なんだろう、難しくはないね。なんだか世知辛いや」
未来で、現れるかどうかもわからない人外の科学者が、歩くための道を作る。
人間の科学史を見てみれば、世紀の大発明と呼ばれるものが、『何かの副産物』であるということはよくあることだ。
才華が個人的に笑ったのは、電子レンジができたのは、軍事施設でのレーダーの実験中にポケットの中のチョコが溶けていたから。ということが始まりである。ということだろうか。
人間の発明というのは、時にそんなもの。
ただ、ダンジョンの51層になると、『人外』でしか思いつかない組み合わせがある。
しかしその頭脳も、組み合わせるための材料が散らばってなければ、頭の中で一つにならない。
「……じゃあ、いろいろ知っている飛鳥が人外の科学者なのかって言われると、それもまた違うみたいだけど」
飛鳥の場合、どこまでも深いところまで潜れるゆえに、『答えを直接知った』だけだ。
それは、科学的な解明とはいえない。
「……フフッ、でも、赤色学園の外では、『人外レベルの科学者』が必要である。という結論にすら達していない。この剣一本で、考えさせられることは多いよねぇ」
ゴブリンを斬りながら、ついでに床や天井も傷つけながら、才華は進む。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます