第11話 教師よりも飛鳥のほうが性格悪いかもしれん。

 十六歳のSランク昇格は、日本の公的記録において初となる。


 ただし、教師によって、難易度を急激に下げるコツが発見されていたという情報を考えると、『本当にSランク。人外の強さを持っているのか』という追及は確かにある。


 しかし、ルール上は何も問題はない。


 ランクを決めるのは、『どの階層のボスを、魔法省が推奨する人数である『四人以下』で倒せるのか』という点にある。


 ボスは百人で集まって倒すことは不可能ではないし、その百人は次の階層に進む権利を有する。これは事実。


 しかし、単一のモンスターに対して挑む人数が多くなると、魔石の質が落ちて、ドロップアイテムの確率も低下するため、『魔法市場』にとって、『ダンジョン産業』にとって何も意味がない。


 そのため、四人以下で50層のボスを倒せば、Sランクになる。

 それは間違いない。


 加えて、モンスターに対する戦術を考えるのは当然のこと。

 圧倒的な戦闘力でボスを蹂躙しなければならない。などというわけではないのだ。


「……で、何の用だ?」

「あなたが持っている情報の回収です」


 六車高校一年零組の担任教師が、飛鳥がコンビニから出てきたところに話しかけてきた。


「……今、午前十時だよな。授業はどうした?」

「あんなどうでもいい授業、自習にして何も問題はありません。それよりも、あなたが持っている情報の回収が優先です」


 にやにやしながら飛鳥に向かって話す教師。


 テレビに出てきたので名前も出ており、『田中天馬たなかてんま』というらしい。


「……随分、直球だな」


 内心でため息をつく飛鳥。


 まず、飛鳥が持っている情報なのに、なぜ『回収』なのか。

 回収とは、本来なら自分に所有権があることが前提の言葉だろう。


 ただ、飛鳥としてはわかりやすい。


 買取ではなく回収と言っている以上、飛鳥が持っている情報に対して金を払う必要はないと思っているのだ。


 そして、『それが通る』と思っている以上、飛鳥のことを本当に、心の底から舐めているのだろう。


「情報を出さなければどうなるかわかっていますか? 今の私の影響力は高くなっている。ちょっと裏で暗躍すれば、Eランクの中卒探索者であるあなたのライセンスを取り消すことだって可能なんですよ」

「……」

「あなたが持っている情報を、そのままあなたが公表したとしても、だれも信用しない。馬鹿は肩書で判断するのですから。そしてあなたが理不尽を訴えたとしても、特待生クラスの担任である私は、学校から、社会から守られる。あなたのほうが切り捨てられるということです」


 要するに、この田中にも戦略……と呼ぶには浅いが、なめても大丈夫と思うなにかはあるのだろう。


「うーん……とりあえず、Sランクにかかわる50層のボスの情報なら、いくつか、このUSBに入れてるけど」


 そう言って、飛鳥は一本のUSBメモリを取り出した。

 田中の顔が喜色満面になる。


「随分、殊勝な心掛けですね。それを回収しましょう」


 パッと受け取って、自分のスーツのポケットに入れた。


「……あの、一応聞いていいか? 俺が集めた情報なんだけど、なんで『回収』なんだ?」

「何を言っているのです。あなたのような中卒のEランクが持っていていい情報ではありません。私のような優れたステータスの教師が扱うべきなのですよ」

「俺が何を手に入れても、それはアンタのものだと?」

「当然です。あ、そうそう……あなたからギガントゴブリンの戦術を聞いたとき、『モンスターから発見されないアイテム』を持っているといっていましたね。50層でも通用するとなれば相当なものだ」


 思い出したように言い出す田中。


「どこの宝箱から手に入れたのか知りませんが、そんな幸運も、あなたでは活用しきれないでしょう。私が活用し、世界のために役立てます。出しなさい」

「……出さないと言ったら?」

「そんなの、私があなたから盗まれたと公表するに決まっているでしょう」

「……」


 ため息を押し殺して、腕輪を取り出した。


「ボスを除いて、50層までのモンスターなら、この腕輪をつけておけば認識されなくなる。一度でも攻撃したり、罠を設置したら、一度ダンジョンを出るまで効果が失われる」

「随分素直ですねぇ。雑魚の中では賢いようだ」


 田中はそれを手に取って、自分のポケットに入れた。


「ふふふっ、このアイテムによって、何らかの情報を手に入れた可能性もある。要するに、これであなたは何もできなくなった。やはり持つべきは権力ですね。ハハハハハハッ!」


 とても気分がよろしいようで。


「では、私はこれで失礼します。何度も言っていますが、警察に言っても無駄ですよ。社会は今、私の味方なのですから」


 そう言って、田中は歩いて行った。


「……ぐっ、く、くっそぉ……どうして、どうしてこんな……ぐっ、くうう……」


 大粒の涙をぼろぼろとこぼして、飛鳥はうずくまった。


「くっそ……うあぁ……」


 よろよろと、コンビニから離れていった。


 ……で。


「……そろそろ、コンビニの監視カメラの外だな。あのカメラ、画質も音質も最高レベルだからなぁ」


 真顔の飛鳥はコンビニに向かってそんなことを小さくつぶやくと、自宅に入った。


「お帰りなさいませ。証拠確保と情報提供は終わりましたか?」

「ああ。監視カメラの前でばっちり撮れた。情報に関してもいい感じだよ」

「そうですか」


 八重はうなずいた。


「しかし、あのUSB……田中はどうするのでしょうか」

「さあ? 特に何も考えず公表するんじゃないか?」

「可能性は高いでしょうね……ただ、あの中に入っているのは、国内で有数の探索者コミュニティが抱えている機密情報でしょう。関連する企業の社外秘も含まれるのでは?」

「そうだな。公表したら絶対に恨まれる。というか、恨みそうなリーダーや社長のところを選んでおいた」

「鬼か」

「まぁ、俺が争いで真正面に立つ必要もないしな。そっちはそっちで争ってもらえばいい」

「はぁ……」


 八重はため息をついた。


「あの田中は、何かあれば、『槍水飛鳥が集めていた情報だ』と公表するのでは?」

「いや、実は、ネットや書籍でものすごく調べまくったらたどり着けるものを選んである。『自分で集めた情報をもとに分析したものだ』と言い張ればいい」


 飛鳥はUSBメモリを取り出した。

 先ほど渡した物とは別物である。


「こっちには、さっき渡した情報の参考文献がきっちり入っているぞ」

「では、『そういう情報』ばかりがあのUSBに入っていたとなれば、余計にいろいろ言われるのでは?」

「そう思われないようにダミーは仕込んでるよ」

「そうですか」


 では、と続ける。


「公表したら怒りそうな人間に、重要な情報をあらかじめ仕込んでおいたのは、飛鳥様ですか?」

「そらそうよ。その手の暗躍は三年か四年くらいやってる。ちなみに、ブチ切れる人を選んでるけど、根はいい人たちだからな。最悪、赤色グループで抱えたらいいだろ」

「……では、最後の確認ですが、あの身の毛がよだつのような泣き演技に関して」

「そんなに見ていてキモかった?」

「はい。まあそれはいいとして、もしも飛鳥様の戦闘力が世間に露見した場合、『あんなアイテムくらいすぐに手に入るだろ。何泣いてんだコイツ』といわれる可能性があります」


 飛鳥は圧倒的に強く、それが露見したら、『あの映像』の影響力にゆがみが出るだろう。


「魔力消費量がすごく少なくて、初心者でも使いやすいんだよ。そして、ダンジョンの宝箱からすさまじい低確率で手に入ることも事実だ。情報サイトに載ってる」


 ダンジョンから得られるアクセサリーは、身に着けて使うと様々な効果を発揮するが、それに応じた魔力を消費する。


 50層までのモンスターをすべて無視できるアイテムとなれば、本来なら莫大な消費量を要求されるのだ。


 ただし、超低確率で手に入るレアアイテムの中には、破格の消費量で絶大な効果を得られるものもある。


「まぁ……友達にプレゼントしようと思っていたのに取られたといえばいいだろ」

「……まぁ、穴はありますが、概ね良いとしましょう」

「よかったよかった」

「性格が悪すぎませんか?」

「良いと思ってたんなら、八重の見る目がなかったって話だな」


 特に気にした様子もなく、飛鳥はノンアルワインを飲み始めた。

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