第12話 勘のいい柚希と語るタイムリミット

 ダンジョンは十階層ごとに、その強さが大きく変動する。


 だからこそ、その階層ごとに、探索者ランクが決定する。


 そして、50層を突破し、51階層に入れるようになったとしても、ボスではなく、普通の通路に出てくるモンスターの強さがかなり上がっている。


 別に50層のボスほど強いわけではないが、それでもかなり集中力を使う相手となっており、連戦はきつい。


 要するに。


 Sランクになったからと言って、いきなり51層に飛び込むのは自殺行為とされているのだ。


 50層のボスに対してどれだけ安定して戦えるか。それが基準として大きな意味を持つこともある。


 ほかのダンジョンにも入っておくことで、幅広い経験を積むことができる。


 飛鳥は田中から情報を求められたとき、51層以降の情報ではなく、様々なダンジョンの50層のボスの情報を入れたUSBメモリを渡したが、それでも田中が満足そうにしているのは、『直近の才華の活動』に必要なものを手に入れたと思ったからだろう。


 才華が本格的に51階層に挑むときに、また情報を求めてやってくるかもしれないが、そもそも51層以降で使える情報を飛鳥が持っていたら、飛鳥がSランクであるか、飛鳥自身がそうでなくとも周りに誰かいるという証明でもある。


 ということに気が付くかどうかは田中の想像力次第であり、一応聞いてきたときのために情報はまとめておくとして。


「……諸星才華のボスラッシュか」

「才華さんって、やっぱり強いですね」

「そう……だな」


 柚希が配信活動の階層を上げるということで、その準備のため、飛鳥は柚希とダンジョンに入っていた。


 彼女の最高到達階層は45層であり、普段は安全のために10個下の階層で配信活動を行っている。


 35層はBランク……『上級』の階層であり、ソロでここに潜るためにはそれ相応の情報が必要になる。


「ところで、才華さんのボス討伐が公開されると同時に、この田中っていう教師がボスの情報を出してますけど、なんだか……」

「なんだか?」

「飛鳥さんの腐臭がしますね」

「俺ってそんなに腐ったにおいがするのか?」

「時々。ただ……腐臭についていける才華さんも才華さんですが」

「まあそれはそうだな」

「戦う際のコツというか、飛鳥さんが教えた情報は、探索者になったばかりでも勝てるようになる『必勝法』というよりは、『明確な弱点を突く』という『正攻法』に近いですよね」

「そうかな?」

「そうなんですよ。ただ、いくら戦術が正しいとしても、それは『普段とは別の動き』なわけです。『知っている』と『できる』は別なんですよ」

「確かにな」


 かなりハイペースで、いろんなダンジョンの50層のボスをソロで倒している。


 飛鳥が渡した情報は、ボスとの戦術的に大きな価値はあるが、だからと言って、どんなに弱い探索者でも扱えるようなものではない。


 才華の確かな実力によって、その戦術は意味がある。


「才華さんが前々から挑んでいたのは、普段からエネモンナ洞窟だけでなく、いろんなダンジョンですし……」

「まぁ端的に言って、いろんなことを求められて、期待されて、それに応えるために無理矢理強くなったんだろうな。普通ならゆっくり身に着けていくことを、いきなりできるようにならないと評価されない」

「……責任感が強い人間は、追い込まれて、その腕で何をすればいいのかがわかっている場合、すごい集中力を発揮しますが……どうなんですかね?」


 やることは明白だ。

 配信し、目の前にいるモンスターを倒せ。


 ただ、かなりのペースで、追い込まれ、期待されて、求められている。


 目の前のことだけに集中し、そしてをそれを越えなければならない。


「……子供の教育に悪いよな」

「確かにそうですね」


 飛鳥は内心でため息をつく。


「それと、この情報……いろんなところが怒り出しませんか?」

「ん? それがなんでわかるんだ?」

「普段からいろんなチームや会社を調べてるので」

「そうか……まぁ、その通りだな」

「どうなりますかね?」

「怒り出すとは思うが……というか、今でもちょっと怒ってる奴はいるが、あの教師がうまく煽り返しているらしい」

「煽り返すって……」

「ただ、これは才華が勝っているから、教師が勢いに乗れるって話だ」


 飛鳥はジャージのポケットからノンアルワインが入ったスキットルを取り出しつつ……。


「今の才華の実力だと、50層のボス相手に『ソロで勝つ』実力は、本来持っていない。51層なんてどこも無理だ。渡した情報はそこまで多くはない。いずれ、次に進む必要は出てくる」

「そうなったとき、どうなるかですね」

「柚希はどう思う?」

「うーん。なんだかいろいろなことが飛鳥さん次第な気もしますが、とにかく、才華さんに何があっても、私たちで抱えられるようにしておきます」

「そうか」


 何があっても抱える。

 それを躊躇も遠慮もなく言える柚希は……才華やあの教師と比べて、どれほど『強い』といえるのだろうか。


 飛鳥はなんとなくそんなことを考えながら、ワインを飲み始めた。

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