第24話 下手な『交渉』は、飛鳥にしないほうがいい。
「……んー。ちょっと小腹がすいた」
「飛鳥様。髪がボサボサですよ。どれだけ寝てるんですか?」
「まあ、かなり寝たかな」
「世の中の探索者は、75層のモンスターを一撃で倒せるほどの実力者の実態がこれだとわかったら、泡を吹くかもしれませんね」
「なんかそれ、定期的に言われてる気がする」
「定期的に言ってますから」
「ひどくね?」
まず間違いなく、圧倒的な実力者である飛鳥。
巷では『オーディンのような力』と称される彼の戦闘手段は、赤色グループの一部で、『ダンジョンのラスボスを葬り去る力』であるとされる。
ただし、それと同時に『なんだか頼りやすい相手』とも思われているのだ。
「はぁ、飛鳥様がいるこの家を『駆け込み寺』だと思っている人は多いのですから、もう少し、生活習慣がどうにかならないものかと思いますが」
注意しながらも、櫛で飛鳥の髪を整えている。
すさまじいほど寝起きなので飛鳥の顔のボケ具合は相当なものだが、八重も慣れているのか、そこについては言及しない。
「駆け込み寺って……俺だって、だれかが長いこと泊まるときはしっかりしてると思うけど」
「有栖さんが一週間ほど泊まった時は、新品の抱き枕を買ったばかりでベッドから降りなかったくせに、よく言いますね」
「あれ、そんなことあったっけ?」
「まあ、なかなか動かない飛鳥様の背中に抱き着いて寝ていましたし、それで十分と思ったので放置しましたが」
「あっそう……」
まあ、その、いろいろあったようだ。
飛鳥の記憶力は怪しいが、その分、八重がよく覚えているようである。
「ん?」
その時、インターホンが鳴った。
「おや? 今日は来客の予定はなかったはず……」
八重が玄関に歩いて行った。
「……はぁ」
飛鳥くらいになると、この時点で何かを感じているのか、ため息をついた。
すぐに、八重が戻ってくる。
「飛鳥様。以前、田中の窃盗の被害届について提案された方が来ています」
「リビングに通してくれ」
「はい」
ということで、飛鳥は軽く顔を洗って、リビングで待っていると、魔法省の役人の男が入ってきた。
「お久しぶりです。飛鳥さん」
「えーと、
「ええ、お時間をいただき、ありがとうございます」
というわけで、お互いに席に座って……。
「すみませんが、飛鳥さん。最初から本題に入ってもよろしいでしょうか」
「構いませんよ。付け加えるなら、『迷宮貴族』なら知っています」
「!」
飛鳥の言葉に、敦也と八重は驚いた。
「……なるほど、さすがにご存じですか」
「調べてみたら、意図的に避けられてるなーって思うでしょう」
「……はぁ、なるほど、これは手ごわい」
「まあ評価されてるのは理解していますよ。『松垣』って、あれから調べたら『五つ星』でしたから。上から二番目が来るかと、これでも少し驚いてますよ」
敦也の目が細くなった。
「……この身分になって、裏を知りながら、『手加減は不要』と言われたのは初めてですよ」
「そうでしょうね。というわけで、『本題』は?」
敦也には敦也なりの、『本題』の入り方はあったかもしれない。
しかし、それはそれ。これはこれ。
「そうですねぇ……とある訓練施設で鍛えてほしい子供たちがいるんですよ」
「それ、『今』存在しますか? この交渉が終わった後、内部調査をした俺につぶされる可能性を考慮して、『構想段階』のものを提示してますよね」
「……あなた、性格が悪いといわれませんか?」
「
「なるほど」
敦也は『困ったな』といった顔つきになった。
「上からは、桜木有栖、または……早乙女八重を確保してこいと言われてるんですがね」
敦也は八重のほうをちらっと見たが、彼女は身じろぎすらしない。
そもそも、目の前にいる飛鳥をどうにかしない限り、八重が何かをするという話にならないのだ。
「どちらも却下。迷宮貴族の暗躍の中でも、まだ綺麗な部分しか担当してないアンタに言うのもアレだが、迷宮貴族は意図的に避けてるので」
何かを見破る目というのは、強者になればなるほど持っている。
交渉人のだれもかれもが裏を知りすぎていると、その目に引っかかって首を縦に振る気にならない。
飛鳥から見て、敦也はまだ『綺麗な方』だが、迷宮貴族というのは全体的に避けるべき対象なのだ。
「ほう……我々が裏で何をしようと、そこから守り切れると?」
「裏で、といいますが、このあたりでこそこそされたら、俺の嗅覚以前に腐臭が強いのでわかりますよ」
「……」
「それと、子供たちを鍛えてほしいという要求にしても、八重や有栖が欲しいという要求にしても、行きつくところは変わらんよな。『装備の性能を強化するスキル持ちが欲しい』ってことだろ?」
「……!」
「八重と有栖のスキルは俺もよく知ってるし、あちこちの山奥に作ってる研究所で監禁してたアンタらもそこはよくわかってるだろ」
「……なるほど、その研究所を潰したのはあなたということですか」
「ここら一帯は大体俺のせいだと思えばいいさ」
飛鳥はスキットルを手に取って、少しワインを飲んだ。
「となれば、迷宮貴族が抱えてるルールも見えてきたな」
「はっ?」
飛鳥の言葉に、敦也は声を漏らした。
「『ダンジョン図鑑』といえるアイテムを六つ星貴族……『御三家』は持っているが、所有者の魔力が全然足りない。で、『莫大な魔力を手に入れる方法』が、特定の装備で特定のモンスターを倒した際の『特殊ドロップアイテム』ってわけだ」
「……」
「有栖と八重が持っているのは装備を強化するスキルだ。それが欲しいってことは、あんたたちが持ってる装備の性能は、本来ならそのモンスターを倒せるようなものじゃない。それらを強化しつつ、強い奴を抱えたいってわけだ」
「そ、そこまで……」
「『そこまで』ってなんだ? 『そこで止まってほしい』の間違いだろ。鍛えてほしいのは『子供たち』で、有栖と八重も未成年だ。その装備、『使うのに年齢制限がある』だろ」
「……」
敦也の表情が目に見えてわかるほど変わった。
「魔法の法律の歴史を調べたとき、迷宮貴族が裏で……それも政界で暗躍し始めてから、『子供を安全に産める年齢層』に対して、手取りが増えやすい法律に変わってると思ったよ」
「装備に年齢制限がないなら『候補』はいくらでもいる。しかし、年齢制限がある上に、当時は訓練のノウハウがないからですね。今は子供は多いですが、当時は確か『少子高齢化』で、子供の数が少なく、ダンジョンに安定して潜れない高齢者がとても多い時代です」
「探索者の結婚報道も多くなってるな。探索者としての素質は遺伝する可能性が高いって言われてるし、メディアで煽って、自発的に子供を産んでもらいやすいものにしてる。今までそのルールにする動機が分からなかったが、なんかすごく納得だ」
技術的な制約なら、金をかければいい。
しかし、年齢制限という『時間』をいじることは、いくら迷宮貴族でもできはしない。
それを踏まえた上で、ダンジョン世代の黎明期に日本を見てみると、あらびっくり、子供が全然いない。
スキルが発現しているのかもわからないし、スキルを持っていたとしてもそれが装備を強化するスキルなのかがわからない。
というわけで、『めっちゃ子供を産んでもらう必要』があるのだ。
それが、今の『ダンジョン社会』を作っている。
「どうして……」
「普段から調べていて、疑問になってただけ。あんたの要求を聞いて、そのピースがハマっただけ。ただそれだけのことだ」
ちなみに、飛鳥は敦也のことを、『迷宮貴族の暗躍の中でも、まだ綺麗な部分しか担当してない』といった。
これは端的に言って、『若者の手取りを増やすために裏で説明活動をする』という話が主になる。
裏の目的はともかく、これだけなら何も問題はないのだ。
ただし、迷宮貴族には、才能のある子どもを誘拐して監禁したりといった、明らかに犯罪行為でしかないことをする部分が『多い』ことは確かなのだ。
「……すみませんが、今日はこれで失礼します」
「そうだな。出直してこい」
「~~っ!」
眉間に青筋が浮かんだ敦也だが、だからと言って飛鳥をどうにかできるわけではない。
そのまま家を出て行った。
「……しっかしまぁ、面白い人だったな」
「どのあたりがですか?」
「いやまぁ、その……多分あの人、迷宮貴族のやばい部分を、『本当によく知らない人』だと思うんだよなぁ」
「私もそう見えました」
「……となると」
「となると?」
「根が真面目な人が失敗した後は、意味わかんねえ奴が来るのがこの界隈だ。俺はともかく、学校の警戒レベルは上げておくか」
「確かに。学園長に連絡しておきます」
「よろしく」
ワインを飲みながら、飛鳥は冷蔵庫に向かって歩いて行った。
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