第3話 ダンジョン配信と、その裏で……。
ダンジョンに潜るといえど、いろいろパターンはある。
普通に収入の為に魔石を集めに行くパターンや、誰かから何かのアイテムを手に入れるように依頼されたパターン。
そして、ここ最近で勢いがあるのが、『生配信』である。
なお、既存の動画サイトの場合、多くの収益が海外に流れることを恐れて、日本政府はアプリを開発した。
アプリ名は『ドリームボード』。
端的に言えば、『探索者はこのアプリを入れておけば、各種SNSの利用に加えて、納税までこなせる上に、幅広い店舗で使えるタッチ決済をスマホで可能にする』という優れもの。
言い換えると、とにかく、『日本の探索者にとって便利』を追求したアプリとなっている。
探索者に限らず、魔法産業の情報を得るにもうってつけのものとなっており、利用者同士のつながりに関しても、動画投稿、生配信、掲示板やWEB会議など、本当に多種多様だ。
基本的に『ドリボ』と略され、アプリが開発されてから三十年以上、目立つ事故や不具合もなく、日本人に利用され続けている。
「こんにちは!
元気いっぱいな女の子が、生配信を開始した。
茶髪をショートカットにしており、好奇心が溢れるぱっちりとした目。
高校一年生だが、同年代と比べると幼い印象がありながらも、胸はEとデカい。
どこか小動物を思わせる女の子が、赤いブレザー制服で胸を張っている。
……ちなみに、ドローンもなく、カメラマンもおらず、自撮り棒もない。
代わりに、白い球体が浮いている。
最近、ドリボに備わった最新技術、『配信魔法』によって、この白い球体がカメラの役割を果たしているのだ。
『待ってました!』
『柚希ちゃん頑張って~』
コメント欄も好評だ。
すでに同時接続は一万人。一般的な会社なら昼休憩も終わって業務をやっている時間のはずだが、かなり多くの人が見ている。
「ここは『エネモンナ洞窟』の三十五層です。見た目は普通の洞窟で、シンプルな見た目ですね。ただ、宝箱が高頻度で見つかりますよ!」
楽しみ! という感情で溢れる笑顔の柚希。
『赤色学園から結構近いダンジョンだよな』
そんなコメントが流れた。
「はい! 私が通っている探検科の私立学校、『赤色学園』の近くですよ!」
『えっ、探検科学校って私立あったっけ?』
『少ないけどある。基本的に公立だけど』
『ちなみに、赤色学園は『赤色グループ』が経営してる学校な。柚希ちゃんのお母さんが会長をやってる』
『最初は『コネかよ』って批判もあったけど、普通に強いんだよなぁ』
『赤色グループ……魔法産業の最先端を走る大企業じゃねえか』
『大企業の御令嬢……には、見えねえ!』
『それが柚希ちゃんの良いところだよな~』
初見さんも多いようで、『疑問』も出ているが、配信を何度もやっていればある程度の『慣れ』があるようで、答える側もスラスラとコメントが出てきている。
「さて、どんどん進んでいきますよ。魔石をがっぽり集めて、今日はお寿司ですううっ!」
『食い意地かよ』
魔石は深い階層に行けば行くほど大量の魔力を蓄えている。
その魔力を使って大型の魔道具を使うことで、電力やガスに変換されて生活の質が高まるのだ。
そのため需要が安定しており、大量に魔石を手に入れることができれば、それはかなりのお金になる。
「む、ゴブリン発見です!」
五体のゴブリンと遭遇。
ただ、浅い階層ならともかく、ここは三十五層。
探索者なら『Bランク』が適正であり、それ相応に強い。
しっかり剣と盾を装備している。
「むぅ、なんだかいい装備をしていますね。ただ、私の刀も負けてませんよ!」
柚希はそう言って、腰から刀を引き抜いた。
「参ります!」
そのまま駆けだした。
淀みない動きでゴブリンに接近し、刀で斬撃を放つ。
盾で防御するのも間に合わず、肌を切り裂いた。
血ではなく魔力が吹き荒れる。
『動きが早い』
『普通に目で追えるし、Sランクみたいなヤバい速さじゃないけど、なんか鮮やかなんだよなぁ』
柚希の動きは、ものすごく速い訳ではない。
普通に目で追える上に、まだ『常識的』な速さだ。
だが、十六歳という幼さに反して、反復練習をしっかり積んだ『鮮やかさ』がある。
「ほい、ほいっ! よし、これで終わりです!」
次々とゴブリンを斬っていき、『死亡』したゴブリンは魔石を残して塵となって消えていく。
最後に真横に一閃し、柚希の勝利で終わった。
「勝利です! このままどんどん集めていきますよ!」
魔石を拾いながら、柚希はダンジョンの中を歩いていく。
★
柚希がダンジョン配信をしている場所から、少し離れたところで。
「準備は整っているか?」
「ああ、『キングゴブリン』の召喚石だが、いつでも出せるぞ」
「隷属の鎖は」
「もちろん使っている」
黒いフードマントを羽織った男たちが、鎖で縛られた石を手に、何かの計画を進めていた。
「しかし……馬鹿な話だと思わないか?」
「何が?」
「登録者100万人。こんな平日の昼間に配信して同接1万人。それほどの影響力がありながら、『政府に逆らう』のだから」
「確かにな」
「何度も何度も、公立の探索科高校への編入を『命令』しているが、首を一度も縦に振らんらしい」
「現政権の影響下にない教育現場で優れた成績を出すのは都合が悪い。だからこそ『命令』しているわけだが、聞き入れないなら仕方がないか」
「そうだな。まあ、ダンジョンで強力なモンスターにイレギュラーで遭遇するのは『よくあること』だ。倒せないなら運が悪かったと諦めてもらおう」
あまりにも歪んだ価値観を平気で語りながら、召喚石を掲げて……。
「やっぱりここか」
「「「!?」」」
急に声が聞こえて、男たちは振り向く。
そこにいるのは……上下黒ジャージに、目元を覆う仮面をつけた人間だ。
「な、なんだ貴様は」
「分析魔法が……通らない。あの仮面。相当な隠蔽性能だぞ」
「チッ、赤色グループの暗部か……」
男たちは驚いたものの、反射的に分析魔法を使っている。
しかし、舞踏会で付けるような仮面に阻まれて、その魔法は通らない。
柚希を襲おうとした『このタイミング』で姿を現したこともあって、赤色グループの暗部だと思っているようだ。
「別にそういうわけでもないが……まあいいか。とりあえず、その召喚石は無力化しておこう」
「ふざけ――」
「遅い」
次の瞬間、召喚石に、一本のナイフが突き刺さっていた。
柄にオオカミの意匠が刻まれた、相当な業物である。
「なっ……ば、馬鹿な……」
「いつ抜いた!?」
「クソっ、これでは襲撃が……」
「予備も持ってないとか甘すぎんだろ」
「うるさい!」
仮面の人間はため息をついて、指を鳴らす。
すると、召喚石に刺さっていたナイフが転移し、指を鳴らしたその手に収まった。
「あー、一個聞いていいか?」
「なんだ!」
「今、『アンタたちに認識できない速度で、物を投げた』ところを実践したはずだが、なぜ、防御魔法を展開しない?」
「えっ……」
次の瞬間、男たちは、急に体の制御が途切れたように倒れた。
その体には、黄色に光るナイフが刺さっている。
「麻痺ナイフだ。もっと言うと、麻痺させる性能に特化し、物理的な攻撃力を持たない特別なものでね。痛くないだろ。全然体が動かないだろうけど」
「はっ……あっ……」
「というわけで、後は持って帰って尋問するだけだな。それは任せていいか?」
「ええ、もちろん」
男は頼むときに振り向きながら言った。
その先には……。
「な、さ、さおとめ、やえ……」
「うら……ぎりもの。なぜ」
早乙女八重が、手錠やテープなどの拘束具を持ってきていた。
「政府の暗部の皆さん。お久しぶりですね。皆さんを持ち帰って、知っている情報を全て吐いてもらいます」
「し、しゃべる……わけが……」
「ああ、安心してください。拷問なんてしませんよ」
「な……に……」
ただし、と八重は続ける。
「質問にはすべて、正確に答えることをお勧めします。喋らない場合、『90層のモンスター』のドロップアイテムから作成された、凶悪な自白剤を使いますから、本当に喋ってはいけない計画まで話すことになりますから」
「なっ……」
八重が口にした衝撃的な数字に、男たちは驚愕した。
「では、私はこれを持ち帰りますので」
「ああ、頼むよ」
八重は男たちを拘束すると、ロープをそれぞれの足首に結んで、そのまま引きずるように運んでいった。
「……まぁ、運び方に対して、俺がアレコレ言ってもしかたないか」
スマホを確認する。
『ふぅ、疲れてきましたね。魔石もたくさん集まりましたから、今日の配信はこれで終わりです! 応援ありがとうございました!』
ライブ配信も終わったようだ。
「……切り忘れもないな。昔はよくやってたからなぁ」
ため息をつく。
仮面を外して、飛鳥はそのままジャージのポケットに突っ込んだ。
「ふんふーん♪ あ、飛鳥さん!」
通路を歩いてきて、角を曲がった柚希が、飛鳥を発見。
「柚希、今日の配信もよかったぞ」
「そうですか! わーいわーい! よかったですううっ!」
喜ぶ柚希。
そう……この天然キャラだが、なんと素である。
「……ちょっと、一緒に探索するか?」
「えっ、いいんですか! やりますやります!」
笑顔の柚希。
それに対し……飛鳥も、朗らかな笑みを見せるのだった。
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