第56話【枢木富美SIDE】 『超人ラボ』の横やり

 迷宮貴族は、最高位である御三家を六つ星。これが『本流』である。

 協力関係次第で、『貴族バッジ管理局』から与えられて、一つ星が五つ星まで存在する爵位を名乗ることができる。


 ただし、この六つ星と五つ星の間には、いくつもの『組織』が存在する。

 先に述べた『貴族バッジ管理局』もそうだが、ほかにも、迷宮貴族に必要なことを行うために設立、運営している。


 その中で、『超人ラボ』という組織がある。


 迷宮貴族の目的は、『優秀な子供が欲しい』という一点が軸となる。


 そしてそれは、表では、『才能がある子供が生まれる可能性を少しでも上げる』という方針となり。


 裏では、『才能のある子供を作ってしまえばいいのではないか』という、倫理観のないものもある。


 ★


 少し、時間をさかのぼる。

 松垣家の屋敷で、栗夫が『施設の情報を流すとともに、そこに被害者役のエージェントを潜り込ませて、救出した飛鳥の情報を抜き取る』という作戦を話したすぐ後のことだ。


「どんなエージェントを潜り込ませるべきか。これが重要だ」

「確かにな」

「いいか? 本当に重要なのだ」

「そんな、念をわざわざ押すほどか?」


 超人ラボ。

 迷宮貴族が抱える組織であり、『ドリーマーを使って50層のボスを倒せる人材』を作り出すための場所だ。


 主に、誘拐した素質があるものが大量に送り込まれる、『人間工場』という組織から送られてくる赤ん坊を利用し、強引に超人を作り出すことを目的とする場所である。


 そんなラボのとある会議室で、松垣栗夫の作戦を聞きつけたことで、何か思惑を勧めようとしている様子。


 もっとも、『誰がいいのか』という議論で、その重要性を理解しているものと理解していない者がいる様子。


「赤色グループのこれまでの動きのほとんどに槍水飛鳥が関わっているとなれば、奴本人には、『高い作戦感知能力』と、『洗脳解除の手段』があると想定される」

「それは……状況証拠だけで言い切れるだろうな」

「そうだ。よって、エージェントを仕込んだとしても、作戦感知によって大した情報のない家に入る可能性もある上に、洗脳を解除されてそのまま取り込まれる可能性もある」

「なんとも忌々しい話だ」


 最強の後出し戦術。


 すべてを守ることなど飛鳥にもできはしないが、わかったならば、絶対に救い出すという方針だ。


「ただ、いくつか、事実はある。まず、『被害者』に対し、どのような事情を抱えていたとしても、心まで回復させる接し方を徹底するということだ」

「要するに?」

「まだ説明すべき前提がある。槍水飛鳥はその圧倒的な力を見せつけることで、迷宮貴族が持つ恐怖を克服させることも可能だ」

「むぅ」

「要するに」


 一呼吸おいて、研究員は話す。


「迷宮貴族に対して絶対的な恐怖を抱いている者。我々が抱えている中でも『圧倒的な被害者』を選び、『槍水飛鳥の情報を持ってこなければ、いずれ逆戻りし、また実験が待っている』といえばいい」

「ほう」

「まず被害者である以上、槍水飛鳥は自身の家に招くことを拒んだりしないはずだ」

「なるほどな」

「加えて、どれほど槍水飛鳥がその力で『守れる』と思わせることができても、恐怖を完全に拭えるようになるのはまだまだ先のはずだ。その間に、最も重要な情報を最優先で獲得させるのだよ」

「確かにな。あれほどの実力者だ。『迷宮貴族に対して絶対的な恐怖を抱いているから、槍水飛鳥の強さに影響されない』ということはありえん。そこまでされた被害者であっても、いずれ恐怖を克服すると考えた方がいいか」

「そうだ」


 研究員はうなずく。


「加えて、最初に重要な情報を持ってこさせたら、あとは本当に放置すればいいだろう。『情報漏洩がバレたら捨てられるぞ』と被害者に脅しをかけて、それを槍水飛鳥に勘づかれたらたまらんからな」

「ふむ……そこまでの強さを持っているなら、表情だけで何かあったとわかるだろうな」


 ここまでの議論になれば、『飛鳥の実力は高い』と全員が前提を共有している。


 いつまでも続けられる脅迫などありはしない。


 特に、相手が強ければ強いほど。その時間は短くなる。


「……よって、我々は、その絶対的な被害者としてだれを仕込むか。何の情報を持ってこさせるのか。この二点を、早急に決める必要がある。横やりを入れられる時間制限が来る前にな」

「なるほど、それならば、研究の予定は後にしよう。まずそこを詰めなければ、気になって研究も進まん」


 超人ラボの面々は、そうして議論を重ねていく。

 そんな中で……。


「確か、『枢木富美』とか、どうだ?」

「どんな非検体だ?」

「まぁ、迷宮貴族の中でも凄惨な方だ。『人間工場』から送られてきて、生まれたときからこのラボで実験体として生きている」

「ほう……」

「迷宮貴族の中でも、赤ん坊を実験体にするのはここくらいだ。というより、ある程度育たないと、素質があるのかどうかもよくわからない上に、耐久力がなくすぐにつぶれて研究にならんからな」

「確かに」

「ただ、枢木富美に関しては、赤ん坊のころから、おそらく何らかの『スキル』が発現しており、高い生命力を保持している。生まれたときから数々の実験を生き延びてきたわけだが、当然、我々への恐怖は十分だろう」

「決まりだな、ところで、直近ではどんな実験だ?」

「説明してもいいが、この後、食事が喉を通らなくなるぞ」

「なら遠慮しておこうか」


 そんな会話があり。


 枢木富美は、超人ラボから、『タルタロス兵隊育成所』に送られた。

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