第35話 飛鳥は本質と戦術がわかっても、戦略はわからない。

「迷宮貴族のアイテムをこれほど大量に抱えたのは初めてですね」

「そうだなぁ」

「取り返しに来ると思いますか?」

「来ると思うぞ。ん~……」


 研究所のベッドでゴロゴロする飛鳥。


「……ところで、少し、周辺の調査をしたのですが」

「ん?」

「大規模な認識阻害の結界を構築するマジックアイテムが、近くのビルを利用して配置されています」

「大規模なって、要するに据え置き型ってことだよな」

「はい」


 ダンジョンから手に入るアイテムは、基本的に手で持って運べる程度のものだ。


 たまに大きなアイテム……それも『家』だったりもするが、その場合は異空間収納の力がある小さな箱に入っていることが多い。


 九割以上は小さなアイテムであり、効果もそれ相応だ。


 だが、据え置き型といえるほど大きなアイテムを用意し、設置し、運用しようという以上、かなり大規模な作戦である。


「……据え置き型でやるのが、大砲みたいな遠距離攻撃じゃなくて、認識阻害か。大規模な襲撃作戦でも計画してるのかね?」

「可能性は高いでしょう。それで、どうしますか?」

「そうだなぁ……まあ、せっかく相手がイベントを考えてるんだし、今は放置していいんじゃないかな」

「あとで回収すると」

「そうだな。多分、作戦が失敗しそうになったら、マジックアイテムからコアとなるパーツだけ抜き取ってガラクタにするんだろうけど、それはまぁ、注意してみてたらいいだけだし」

「鎧ではない、ほかのアイテムの性能も知っておきたいと」

「俺は『裏切者』には容赦しないけど『敵』には配慮するよ」

「よく覚えておきます」


 話しているが、ふと、八重は思うことがあったようだ。


「それから……」

「ん?」

「私が軽く、周辺の調査をしたらすぐに据え置きの魔道具を設置していると気が付きましたが、飛鳥様は気が付いたのですか?」

「ぼやぁ……となんかやってるなって思ったくらいだな。誰かが赤色グループの関係者を襲ってるってなったら、それは明確な、それでいて純粋な『悪意』を持って行動してるから俺も勘づきやすいんだけど、暗躍だとちょっとボヤっとする」

「そうですか……その、敵の本質と戦術はわかっても、戦略はわからないと?」


 飛鳥は、敦也と少し話しただけでリアリスターのある程度の概要を推察したり、それに伴う『現在の風潮の意味』を理解したりなど、本質を見極める力はかなり高い。


 強者ゆえに、一般人とは別の視点で見えている。


 ついでに、『赤色グループを贔屓する』という思想のため、関係者に対する倫理観のない悪意に敏感だ。


 そういう意味で、凄く大きな『本質』の話と、凄く小さな『現場』の話は理解できているが、その中間の話である『戦略』の話が見えていないように見える。


「まあ、ダンジョンに潜る探索者で強者になるとそんなもんじゃね? ダンジョンがどんなものかっていうのは本質で、目の前のモンスターをどう倒すのかは戦術だが……モンスターたちが連携を組んで挑んでくるわけじゃないからな」

「なるほど。まあ納得しておきましょう」


 探索者とはそういうもの。と飛鳥から言われれば、明確な反対材料を持っていなければそうとうなずくしかない。


 というより、ダンジョン攻略における戦略というのは、探索者ではなく、その探索者を運用するリーダーや会社の担当者の役割である。


「……しかし、これほどの作戦が行われ、そして失敗続きとなれば、私からすると理不尽な話ではありますが……今回の作戦の流れで、一番の失態を犯しているのは誰になるのでしょうか。やはり、松垣家の当主かとおもいますが」

「……失態というと理不尽ではあるけど、霧島夏美じゃね?」

「誰ですかそれ」

「松垣家当主の秘書を務めてる……多分十八歳くらいの人」

「なぜ知ってるんです?」

「最新式リアリスターで十人が攻めてきたとき、遠くのほうで報告書を作ってるやつがいてな。透明で無臭の偵察ナイフを飛ばしたんだよ」

「偵察ナイフって何ですか?」

「言葉で察してくれ」

「わかりました」


 直感に反するものであろうが、飛鳥があると言ったらあるのだ。


「で、その報告書を作ってるやつが、松垣家の屋敷から結構遠いところで、霧島夏美に報告書を渡したんだよ。すっごい美少女だし、まぁなんか上とつながってそうだなぁと思ったから、偵察ナイフを夏美の近くにいるようにして、ちょっと見てました」

「なるほど……」

「で、なんか、屋敷に入る前に、偵察ナイフではちょっと勘づかれる可能性があるセンサーを屋敷の周囲に発見したから、残念だけどやめました」

「ほう……」


 言い換えれば、当主の部屋で何をしゃべっていたのかは、飛鳥にもわからない。


「……で、失態とは? 何かの情報をつかんだのですか?」

「迷宮貴族の目的は、『ドリーマー』を装備して、『泉の洞穴』の50層ボスを倒すというものだが、車の中でいろんな情報にアクセスしてて、『泉の洞穴』の場所がわかりました」

「超重要じゃないですか」

「だろ?」

「ドリーマーの方は?」

「それは夏美も知らなかった」

「……まぁ、手に入れることができても仕方のないアイテムではありますからね」

「そういうことです。それじゃあ、襲撃が着たら俺が対応するから、それまでおやすみ」

「お休みなさいませ」


 すぴーすぴー、と寝始めた飛鳥。


 こうなっては起きないので、いろいろツッコミどころはあるものの、八重は言わないことにした。


 

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