第34話【松垣家SIDE】 現当主の皮算用
「何? 隆吾とリアリスターの回収が失敗しただと?」
松垣家の屋敷。
端的に言えば『美食の部屋』ともいえる場所で、小太りの中年男性がいぶかしげな表情になる。
その左胸には、五つの星が刻まれた金のアクセサリーをつけている。
「はい、
報告しているのは、十代後半の少女だ。
紫色の髪を長く伸ばしており、パンツスーツをしっかり着こなした美人。
スタイルも抜群でありながら、完全な無表情と銀フレームの眼鏡がよく似合っている。
「こちらが、隠れていた部隊が作成した報告書になります」
女性は、数枚綴りの報告書を机に置いた。
だが、栗夫はそれを見ずに……。
「私が指示を出した回収作戦が失敗したというのか! そんなことはありえん!」
「ですが、事実です。仮にこれらの回収作戦が行われない場合、『上』に報告することになります」
「上だと?」
「ええ、『貴族バッジ管理局』への報告です」
「そ、そんなことは認めんぞ!」
言葉が強い松垣家の当主、栗夫だが、報告している女性に対して口調は強いものの、威圧はほとんどない。
栗夫を様付けで呼んでいるし、彼女を使うことは認められているが、栗夫の権力の影響範囲にいないことを示しているのだろう。
「認めないのは自由ですが、報告しなければならないのは事実です。ただちに、とらわれたすべてを回収する作戦を立ててください」
「ぐ、ぬぅ……今、残っている兵隊はどれほどだ?」
「第二世代型が百人です。最新式は十人全員、とらわれました」
「ならば、その百人を、とらわれている場所……ええと、どこだったか」
「赤色魔法研究所ですね」
「その研究所に向かわせろ!」
「向かわせた後の作戦は?」
「物量作戦だ。破壊して進め。そして取り戻せばいい。第二世代型は65層まで進めるほどの強さだ。それが百台もあれば、絶対に取り戻せる!」
「畏まりました。では、その通りに」
淡々とメモを取る女性。
「……貴様は行かないのか?」
「業務外ですから」
「チッ、御三家の傍系の分際で偉そうに。爵位持ちである私に奉仕するべきだろう!」
「確かにその通りですが、星はなくとも、霧島家の長女、『
「……フン。そのすました顔。どうやらまた失敗すると思っているようだな」
「別にあなたの成功も失敗も、私には関係のないことです」
先ほどから、兵隊やリアリスターの回収に対し、何を、どれくらい、どんな作戦で、といった内容を栗夫に話させている。
言い換えれば、『部下にすべて押し付ける』ということができないようになっているのだ。
あくまでも命令の内容は当主自身が決める。
そのような形になっており、ここからの作戦が失敗したとして、手配した夏美に不手際があれば彼女に何かがあるだろうが、特にそれがなければ、栗夫が罰を受けるということなのだろう。
「まあいい、私には切り札がある。私が五つ星という、絶大な功績がなければなれないものに到達した手段を見せてやろう」
「切り札……ですか?」
「そうだ。おい、入ってこい」
「へいへい……」
栗夫が呼ぶと、ドアから、髪を金髪に染めた青年が入ってきた。
着ている服は、カッターシャツとジーンズであり、見える肌はかなり日焼けしている。
古典的なチャラ男。といった印象を受ける。
「
「この男が?」
「そーそー……って、夏美ちゃんだよな。初めて見たけどめっちゃ可愛いじゃん。あとで俺と遊ぼうぜ。ここに来るまでにいろんな奴で遊んでたけど、やっぱり俺様くらい強くなると、御三家の血が流れてる女くらいが釣り合うんだよなー」
「……」
見た目からは、そこまで強そうに見えない。
ただし、松垣家が五つ星になれた理由が、この男を抱えたからという話が事実であれば、相当な実績があるはず。
「あ、栗夫さん。リアリスター。一着借りますよ?」
「構わん」
「あざーっす。じゃあ勝ち格だわ!」
「……一体、どれほどの実力を?」
「お、気になる? 夏美ちゃんに特別に教えてやるよ。俺様は、相手のスキルを狂わせるスキルを持ってるのさ」
「相手のスキルを狂わせるスキル?」
「その通り。探索者の中でとんでもねぇ実力者は、大体がスキルを持ってる。だが、俺様のスキル『不協和音』は、スキルを無効化し、そのスキルが強けりゃ強いほど、相手の体調や戦闘力を低下させるのさ」
「そ、そんなスキルが……」
「まあ、『自分と相手が、相手がスキルを持っていると確信している必要がある』んだが、実際に戦うなら関係ない制約だからな」
端的に言えば、その制約がない場合、彼が街中で『不協和音』をふりまけば、スキルを持っていると自覚していなくとも、スキルを持っていれば体調が悪くなる。
言い換えれば『スキル発見器』としても使えるようになるわけだが、『相手も自分がスキルを持っていると確信していなければならない』ため、この方法は使えない。
ただし、『どんなスキルを持っているのか』に対し具体的な調査は必要としないため、その点は使い勝手がいい。
「今回の最大の相手は、75層に挑めるって話じゃねえか。そんな強いスキルを持ってるなら、俺の不協和音を食らったらまず立ち上がることもできねえよ」
これが、この金沢真琴の強さ。
圧倒的な『格上殺し』といえる性能を誇るスキルによって、数々の『誘拐作戦』を成功させてきた。
それを裏に抱えつつ、うまく立ち回ったことで、松垣家は五つ星と認められている。
「ついでに、ネットを見りゃ話題沸騰中の槍水飛鳥を倒せば、松垣家の株も上がるんじゃね?」
「お、おお! その可能性は十分にある!」
「六つ星は御三家の専用階級だから、五つ星より上には行けねぇけど、何か特権をくれるかもな」
真琴は、舐めまわすような目で夏美を見る。
「もしかしたら、御三家の血が流れていても、好き勝手に遊べるとか? なんかそんな話を聞いたこともあるぜ」
「……」
「つーわけで。体はきれいにしとけよ。ハッハッハッハッハ!」
高笑いしながら、真琴は部屋を出て行った。
「ククク。そのすました顔をゆがめることができると思うと気分がいい。おい、手配をすませておけよ。お前が奴隷も同然になる計画の手配をな!」
「……失礼します」
夏美は礼をすると、部屋から出ていった。
……そして。
「この家も潮時ですね」
そう、呟いた。
「はぁ、75層の特別なモンスターを一撃で倒せるということは、それ以上の階層に潜れる実力があるはず。そこまで潜った人間が、どのような特殊環境を潜り抜けたのかを想定することは不可能です。なぜああも、『これまで大丈夫だったから今回も大丈夫』と思えるのでしょうか」
剣にしても魔法にしても、単純な攻撃と防御を繰り返す場合、本人の基礎的な実力が重要になる。
ただし、『ダンジョンに潜る』というのは、時に、それだけでは解決できない展開もある。
飛鳥たちが、天晶剣ブリュンヒルデを手にしたとき、特別なモンスターが出てきて、『飛鳥が使っていた認識阻害アイテム』がその効果を失ったわけだが、それに対して飛鳥は抵抗は無駄だとばかりになにもしなかった。
そういった、『探索者側ではどうしようもない仕様』は、ダンジョンに潜っていると訪れる。
特殊な環境で進むことを強いられることは珍しくない。
スキルが使えず、体内で害となる。
そんな状態で戦わなければならない状況を、乗り越えたことがないとは、絶対に言いきれないのだ。
だからこそ、『強者』を相手にするならば、こちらはリアリスターのような技術を磨いて、基礎能力を高めて挑む必要がある。
「『不協和音』ですか……それを乗り越える敵に会えなかったことは、彼にとって最大の不運でしょうね」
人間、数多くの見落としとその報いを受けて、『ヒヤリハット』を積み上げていくもの。
良い失敗というのは世の中にあふれており、自分の成功のために、どれほどの『良い失敗』に巡り合えるか。
失敗をしないことは運がいいだけ。
失敗をしても乗り越えられるのが凄いこと。
「私も身の振り方を考えましょうか。槍水飛鳥の『趣味趣向』がわかっていない以上、あまり裏の中で深い部分に居座るのは避けるべき。このままだと松垣敦也が当主になる可能性もありますし、綺麗どころ専門にするのも手ですね。星は減るでしょうが、必要経費でしょう」
間違いないことを言えば、迷宮貴族は確かに根本は真っ黒だが、『優秀な子供を求める』ゆえに、若い世代の手取りの増加と結婚の推奨を広め、そのうえで教育現場にも金をかけている。
それゆえに、日本が国際競争の中で後れを取ることなく、ダンジョン産業が発展していることは確かなのだ。
「まあ今は、手配しましょうか。言われたことを、言われた分だけ」
そう、手配をしっかりしなければ、彼女に責任が降りかかる。
やることはやります。
夏美はこれまで、裏で人を破滅させるような手配をいくつもしており、綺麗どころに引っ込もうと善人にはなりえないが、『びっくりするほど
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