第32話 飛鳥はワインしか飲まない。

「飛鳥様。尋問結果は?」

「そうだなぁ……まあ、端的に言うと、『仮説は正しかった』といったほうがいいかな」


 赤色魔法研究所のロビーにて。


 八重がワインを持ってきたので、スキットルに入ったそれを飲みながら、ソファでだらっとしている。


 ちなみに、やるときにはやるが、基本的にダラダラゴロゴロしていることは赤色グループで周知の事実であり、ソファでゴロゴロしていても特に何も言われない。


「迷宮貴族が重要視してる特別な装備だが、名前は『ドリーマー』というらしい」

「ドリーマー……ですか」

「ああ、装備すると出現する剣を使って、『泉の洞穴』っていうダンジョンの50層のボスをソロで倒す。これによって、『霊王の小瓶』っていうアイテムが手に入るんだ」

「霊王の小瓶……初耳ですね」

「その小瓶に普通の水を入れると、ものの数秒で、『超高密度の液化した魔力』になるそうだ」

「超高密度の液体魔力ですか」


 基本的に、魔力は気体といえる。


 それを運用しているわけだが、当然『魔石』があるのだから固体としても存在可能であり、融点や沸点の関係的に『中間』といえる液体にもなる。


 普通なら、液体よりも固体のほうが密度が高い。


 しかし、『霊王の小瓶』の場合は、そういうわけではないようで。


「俺も聞いたことがないアイテムだし、実際、どの程度の魔力を得られるのかはわからない。ただ、ダンジョンの中でも相当深い場所のアイテムのコストを、50層のボスを倒して手に入るアイテムでありながら十分足りるとなれば、すさまじい話だ」

「確かに」


 強力なマジックアイテムは、深い階層に行けばいくらでも手に入る。


 しかし、それらのマジックアイテムの運用には、それ相応のコストが必要になる。


 信じられない量の魔力コストが求められるのが、迷宮貴族が手にした『ダンジョン図鑑』であり、飛鳥の推測では90層レベルのアイテムであるそれを運用できるとなれば、『霊王の小瓶』もまた、すさまじいアイテムだ。


「……ただ、50層のボスを倒すだけでいいとは、そこだけ聞くと拍子抜けですね」

「ああ、そのドリーマーという装備が、50層のボスに挑むという前提で考えると弱いということを除けばな。しかも、戦闘の方法までかなり強制されるとなればやってられんよ」


 50層のボスを倒す。

 それはAランクがSランクになれるかどうかという話であり、『人外』に踏み込めるかどうかという話だ。


「実際、Sランク冒険者は少ないですからね。赤色グループにいると少し価値観がバグりますが」

「普通に『人外』と呼ばれるようになるってことだからな。まぁ、それはそれとして……」

「それとして?」

「言うほど収穫はなかった」

「それは残念ですね」

「なんていうか、本来なら、あいつらを捕縛して、やっと『目的』がわかるっていうくらいの段階なんだろうな。いろいろ仮設が当たりすぎてむしろそっちのほうが衝撃的だ」

「ここまで当たるのも珍しいですからね」

「まあな」


 ワインを飲んでいる飛鳥だが、少し不満そうにしているのは、 『新しい情報』がほとんどなかったからだろう。


 ただし、現状でいえば、『仮説が正しい』という確証を得られただけで大きな違いだ。


 仮説は仮説。現実は現実。


 そこには絶対的な差があるのだから。


「……そういえば、なんかみんなの視線が変だな。なんだろ」


 ロビーのソファでゴロゴロしている飛鳥だが、通りかかった研究員はみんな『?』となっている。


「大量のワインを置いていますからね。しかもノンアル」


 スキットルでワインを飲むのが飛鳥のスタイルだが、五十個ある。

 明らかに多すぎだ。


「未成年なんだからアルコールはダメだろ」

「まあダメですね。ただ、あまりにも量が多すぎるんですよ」

「仕方ないだろ。基本的に、これしか欲望が受け付けないからな」

「他の物が食べられないわけでも飲めないわけでもない。ただ、『食べようとも飲もうとも思えない』ということですよね」

「ああ……なんだろう。オーディンって、自分が食べる分はオオカミたちに与えて、自分はワインだけを飲んでたって話だが、なんかそっちに引っ張られたのかね?」

「どうなのでしょうか。スキルが神話や伝説の存在を体現する場合は時折いますが、そもそも飛鳥様のレベルに到達した例は少ないので、何とも言えません」

「だよなぁ」

「他の食べ物でも、美味しいとは思うのでしょう?」

「思う。渡されて食べたら普通においしい。でも、頭は『別にいらね』って思うんだよなぁ」


 ノンアルワインを飲む。というより、『それだけを飲む』のが飛鳥である。


 別に味覚がくるっているわけではなく、普通に他の物も食べられるし美味しいと思うが、『いらない』と思うのだ。


「まぁ、いくらオーディンがワインだけを飲んで過ごしていたとはいえ、本当にワインだけで生きられるといわれるとどこか納得できませんが」

「俺も最初はなんでだろうなーって思ってたよ。でも、ワインだけを飲んでるほうが調子がいいんだよなぁ」

「不思議ですね」

「そうだな。自分の体に関してはどこまでも仕上げてるけど、そこだけは俺にもよくわからん」


 チビチビとワインを飲む飛鳥。


 彼としても、自分の体に対して、わからないことはあるようだ。

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