踏鳴神社の話

 はいはい、わしに電話なんて珍しいですな。

 ちいとばかり耳が遠いもんで許しておくれ。


 ほお、踏鳴さんについて調べてるとな。


 ああ、この前ふんめいさんに来とったなんとか言う人の知り合いか。


 ああ、柴田さんのことが聞きたいのか。そうじゃ、踏鳴神社を作った柴田藤吉じゃな。うちの親父が仲良くしておったよ。もう何十年から前のことだけんどな。


 その頃わしもまだガキん頃さ。

 そうさなぁ、なんと言うか、立派な人じゃった。一代であれだけ立派なお社を建てたんじゃ。相当な苦労をしたみたいじゃな。


 うちの親父はね、地元の地主のまとめ役みたいなことをしていてね。何、元々わしの爺さんが土地持ってたってだけだがね。うちの親父にしてみれば棚ぼたじゃよ。畑を人に貸してるだけ。何もせずに有り難がられるんじゃからね。別に大した事しちゃおらんよ。


 柴田さんなあ、人手が必要な時なんかいの一番に駆けつけてくれてな。そんで茶も飲まんと仕事があるからと帰っちまう。


 忙しいのによ、村の衆からしたら大助かりだ。そんでもな、定期的に困ったこたぁないかと様子を見に来てくれる。爺さんが死んだ時なんかなぁ、世話になったからと葬式の手伝いもしてくれてなぁ。んでしっかり泣きよるんよ。


 出来た人だで。きっちりしておるわ、ありゃあ人に好かれるわ。この地域に住んでる皆にそんな調子じゃった。


 だからな、親父らもみんなあん人にゃ感謝しとった。親父達にとってみたらな、別段信仰なんてどうでもよかったんよ。まあ、檀家にはなっとったがな。どこどこの神社に行ったらいかんなんて決まりはないからな。


 んだからな、柴田さんとこの神社にはようけ行くようになったんよ。別に金せびられる訳でも、説教垂れる訳でもなかったしな。ただお参りするだけだ。


 ああ、そうじゃったな、元々は外から来たお人じゃったな。小さな村じゃからな、そりゃあ最初はみんな距離を置いとったけどな。アン人の人となりが分かってからはそんなん関係なかったわ。まあうまく混ざってったな。


 んでそのうちな、町の役人さんなんかとも仲良くなってってさ。村のためになること、何かと口聞いてくれるんよ。やれ道路の整備だとか、水道工事なんか、わしらが困ってることをちゃんと伝えてくれる。わしらは大助かりじゃ。んだから寄付なんかもするようになってった。


 そしたらみるみる間に神社も立派になってったわ。別に嫌な気はせんかったわ。アン人のお陰で村も色々助かっとったからな。


 そん頃はもうあそこは踏鳴さんとかふんめいさんとか皆から呼ばれるようになっとったわ。初詣にゃ家族であそこに行くし、祝い事なんかも大体踏鳴さんにお願いするんさ。


 ああ、柴田さんもな、もう結構いい歳じゃったで。元気な方だったけどな。もう幾人か雇いの人いたようだけんな。必ず毎朝神社の外で掃除しておる。頭上がらんじゃろ。なんかな、早い時間に掃除しながら、あん神社眺めんのが好きなんだ、とかいっとったな。


 まぁ柴田さんにとっちゃあ苦労して建てた大切なお社じゃからなぁ。気持ちは分からんでもないわ。


 なんでもな、柴田さんて人は元々家が神社だったらしくてな。親父と反りがあわなんで家を飛び出したんじゃよ。実家もな、結構大きなお社だったみたいだけんどな、信者から何かにつけて高い金取るとか寄付集めるとか、そんなんが気に食わんかったみたいじゃな。


 ただな。自分でやってみてその苦労が分かった言うてたわ。神社切り盛りするにも金が要る、でかくするにはもっと金が要る、仕方ないことじゃろ。


 とんでもない時間をかけてやっとそれが理解出来た、わしは愚かモンじゃと言うておったわ。別にええのにな。


 んでなぁその頃はもう神社の仕切りは池村さんになっとったわ。出来る女性じゃったって。そうさなぁ、その頃は四十過ぎぐらいじゃったかな。なんでもテキパキこなしよる。わしらからしたらな、ちいと出来すぎて近寄りがたいとこもあったけんどな。


 それまで柴田さんがやっとった町の人との会合だとか、村の寄り合いの参加とかは全部あん人が引き継いでおった。ま、柴田さんも歳じゃったからなぁ。後釜に考えておったんじゃろ。


 ええ?出来る人だからって別に冷たいお人って訳じゃなかったよ。優しい人じゃったと思う。


 ああ、あれはちいと寒くなった頃じゃったかな。わしもな、朝早くふんめいさんにお参りすんのが日課じゃったんだけども。そん時な、神社の前に薄汚れた小僧が一人おってな。小僧いうてもな、小学生ぐらいじゃったか。


 どうした?ゆうて声かけて見るとな。どうやら帰るとこが無いってふらついてたみたいなんじゃ。貧乏な時代じゃったからな、親に捨てられたんじゃて。そん小僧はなデカいお社だから飯ぐらい恵んでもらえねえか、そう思ったみたいじゃな。


 そしたらな、池村さんすぐ奥から出て来てなぁ。しばらく真面目な顔で話を聞きよる。池村さんなぁ、そのうち涙流しながらここに住んだらええってなぁ。柴田さんにも事情説明してな、そんだらってことで住み込みで面倒見ることになったんじゃ。


 そん小僧もなぁ、ようけ働いとったで。ま、当然かの、そんガキにとってみれば命の恩人じゃからなぁ。池村さんとそのガキ、見ようによっちゃほんまもんの家族にも見えたなぁ。


 まあだもんで池村さんもよう出来たお人だったて訳だ。


 柴田さんが亡くなってからかなぁ、池村さんがあそこの神主になってな。ま、多少変わったんかな、なんというか派手になったな。おんばいさんて祭りが始まったのもそっからじゃな。あそこで働く人も増えたわ。


 青い服着た人たち?ああ、そりゃよう出入りしとるよ。信者さんじゃないかね、ありゃ。どこぞのお偉いさんみたいな人もおったしな。別に怪しい感じはせんよ。


 若い人もおるしな、すれ違えばちゃんと挨拶ぐらいするし礼儀正しくしとったよ。どっかの娘さんかな、随分綺麗な人もいたなぁ。この辺じゃそんな若い人とんと見んからよう覚えてるよ。


 ええ?あそこ無くなったら悲しいかって?なんじゃいきなり。


 あんた、泉名さんと言ったかな、変なこと聞くお人じゃの。


 そりゃ無くなりゃ残念じゃけどなぁ。今はもう代替わりもしちまったしな、しょうがないことじゃろ。


 でかくなり過ぎちまってよ。もうわしらみたいな地元のもんとも二人三脚って訳にもいかんしな、あん今の神主とも別に知らん仲じゃないがな、わしらなんかに構ってる暇もないでよ。


 んでもよ、あんだけ人もぎょうさん来とるんじゃろ、無くなりゃせんじゃろ。そうじゃなぁ、別に今はどうでもいいがの。


 はいはい。またなんかあったら聞いてくだされ。こんな老耄に語れることならなんなりと答えますよ。

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