ある山の麓の神事 その3
※本記事は小野が死の直前に執筆中であった内容を、語り手である杉本に聞き取り再現した内容である。
尚、前記事と同様、本記事には推敲前であるため実際の土地名、人物名が記載されているが、可能な限りそのまま紹介する。
***
杉本が踏鳴神社を訪れたのは、昼下がりの穏やかな午後だった。秋の日差しが木々の隙間から差し込み、穏やかな暖かさが肌に心地よい。
地元の人々には踏鳴祭りだとか、おんばいさんの祭りと呼ばれている。
鳥居をくぐると、杉本はすぐにその場を包む独特の空気感に気づいた。境内には訪れた人々の笑い声や屋台の呼び込みが響き渡り、鮮やかな光景が広がっている。
境内の中央には、所狭しと屋台が並び、射的や金魚すくい、輪投げなど、縁日らしい遊びが盛りだくさんだ。子供たちが笑顔で走り回り、手にはわたあめやカラフルなラムネを握っている。
「当たれ!」
少年の叫び声とともに、射的の的が倒れた音が聞こえ、周囲の子供たちが歓声を上げる。そのすぐ隣では、たこ焼きや焼きそばの香ばしい匂いが漂い、食欲をそそる。
地元の人々が行列を作る焼きとうもろこしの屋台では、香ばしい醤油の香りが境内全体に広がっていた。
杉本は参道の方に目を向けた。そこにはお参りをするために並ぶ人々の列ができている。老若男女問わず、地元の人々が神妙な面持ちでお賽銭を手にしている姿が目に入る。
その列の先には、威厳ある本殿が鎮座しており、訪れた人々が次々と祈りを捧げていた。華やかな縁日の雰囲気の中にも、この地で長く受け継がれてきた信仰の深さが感じられる。
杉本はさらに進み、参道を右手に抜けると広い空間に出た。そこには小さな茅葺きの小屋が据えられ、周囲では神職の装束をまとった人々が忙しなく動き回っている。
白い衣に身を包んだ彼らは、神聖な儀式の準備に余念がない様子だ。茅葺き屋根の小屋の前には、神輿が堂々と据えられていた。その周りでは、法被を着た若い男たちが気合を入れるように声を張り上げている。
やがて、掛け声とともに神輿が担ぎ上げられた。青年たちが威勢よく声を揃え、神輿を上下に揺らしながら境内を練り歩く。
周囲の見物客から拍手と歓声が上がり、祭りの熱気が一層高まるのを感じた。杉本はその光景を見つめながら、古くから続くこの土地の文化と伝統が今もなお、力強く息づいていることを実感した。
神輿が境内を出て神社の参道を下る頃、杉本もその後を追うように人々の波に乗った。街中へと進む神輿の列を先導する太鼓の音と笛の調べが耳に心地よく響く。道端では沿道の人々が手を合わせ、深々と頭を下げている。
祭りは単なる賑わいだけでなく、地元の人々の生活や信仰そのものに深く根ざしていた。柴田の再興したこの神社は今、辛かった時代を経て名実共に輝かしい光を放っていたのだ。
踏鳴神社の成り立ちを知る杉本はその場の活気に飲み込まれながらも、どこか心が静まるような不思議な感覚を覚えた。
祭りの喧騒の中で感じる厳粛な空気、笑顔の絶えない人々、そして神輿を担ぐ力強い掛け声。それらが渾然一体となり、踏鳴神社のおんばいさんの祭りは、訪れる者に忘れられない体験を提供しているようだった。
その途中、神社の関係者と思しき一行が前からこちらのほうに向かってくるのが見えた。彼らは老若男女様々な人々で構成され、長い列を織りなしながら神社に向かい練り歩いているようだ。
皆が皆、青くくすんだ色の作務衣のような身なりで統一されていた。先頭の男が鈴を鳴らしながら歩いている。神輿の熱気と人々の喧騒の間を、縫うように鈴の音が響き渡っているのである。
やがてその一行は神輿の後ろを歩いていた杉本のすぐ横をすれ違った。先頭の男のすぐ後ろに整列する組が左右二手に分かれ、中央に派手な装飾を施された大きな台座を囲むように押して運んでいた。
金箔や朱で彩られた台を中心に、隊列は一つの塊となり脈打つように移動しているのである。ちょうど人が一人入れそうな大きさの台座。言い換えるなら、豪華絢爛な棺のようにも見えなくはない。
おんばいさんの例祭に用いられるのだろうか。煌びやかな装飾は艶やかで汚れ一つついていない。この例祭に合わせて用意されたものなのだろうか。そして一行の並ぶ隊列はまだまだ続いている。皆、豪華な法具を手に掲げている。
これだけ豪華な装飾品に、熱心に練り歩く多くの信者達、それだけでも踏鳴神社のもつ威厳や、経済的な豊かさが見え隠れしている。そんな様子に見惚れながら、杉本は神輿の見学を終え、再度踏鳴神社に戻ることにした。
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