桐谷圭一郎の話 その3
この日も桐谷は泉名探偵事務所に来ていた。
虎元から、調査の過程で聞き及んだ情報について共有を受けたのだった。
一通り報告を受けたところで口を開いた。
「うーん、何かそれぞれの話が関係していそうで、線が見えないですね…」
「はい、糸口は見つかるのですが、肝心なところが繋がらない。
ただ、『DM』の話にあるように、小野さんは何かを調べる過程である集団から警告を受けていた、そう思います。
おそらくお母様の写真のあった山小屋について調べていたところで他の事件に辿りつき、その過程で調べていく中で脅しを受けるようになっていたのではと」
『迷い込んだ山小屋』での話が、語り手によって微妙な変化をしていたのは意外だった。
「その、モリサワという男についてはどう関係してるのですかね」
「ええ、馬場さんの言う通り、登記簿を調べたところ名前が分かりました。
盛沢嘉彦という男です。
いくつか会社を経営しているようですね。
『SNSの投稿者』に出てくるよっしーと呼ばれる男と同一人物の可能性が高いですね。
それから、盛沢は、『デジタルプリント』に出てきた写真を受けとりにくる男とも特徴が一致しています。
少なくとも盛沢という男が、小野さんの話す怪談話と現実を結びつける手がかりになるのでは、そう考えています」
「盛沢嘉彦──ですか。姿を隠している、という訳でもないのですね」
「ええ、むしろ堂々と、色んなところで事業を展開しているぐらいです。
逮捕歴なども調べた限りでは見つかりませんでした。だからこそ、掴みどころがないのです」
虎元は困ったような顔をした。
私より年下である事に加えて童顔であるから、なんだかこちらが責めているような気持ちになる。
「その、別の投稿者の『迷い込んだ山小屋』に出てくる小野さんの母親が行方不明になっていた、というのは…」
「はい。どうやら事実のようです。小野さんの投稿した怪談には、意図的にその部分は伏せられていたようですが」
「まあ、自分に関係することなので言いにくいのはあったでしょうね」
「そうですね。やはり、幼い小野さんにとって、相当ショックな出来事だったのでしょう。実際に当時を知る人からもそのような証言が取れました。
小野さんの母親の佳子さんですが、1992年、平成四年の春頃、群馬県渋川市の自宅から、夫と息子の小野さんを朝送り出したのを最後に失踪しています。
警察、及びご家族により捜索活動が続けられたようですが、手がかりはなく現在でも見つからないままとなっています」
「そうですか…小野さんはずっと探していたんですかね」
「恐らくはそうでしょう。小野さんがここ数年調べていたのは、お母さんの事件に関係があるとみて間違いないと思います」
桐谷は深く息を吸い込んだ。
小野は優しい男だった。
イベントで会えばいつも冗談を言い合える仲だった。朝までくだらない話で盛り上がったこともあった。
怪談師に似合わないほど、いつも明るい男だった──と思う。
その裏には、深い悲しみを抱えていたのであろう。
そんなことを考えていたら寂しさが募った。
小野がもういないことを、改めて実感していた。
感傷的な空気を察してか、虎元は次の話題を切り出した。
「山小屋についてですが、一応おおよその場所が分かりまして」
「ああ、キャンプ場の近くですよね、何処にあるんですか?」
「はい。こちらも怪談では場所は伏せられていましたが、群馬県の赤城山にあるキャンプ場であることは間違いなさそうです。
小野さんの当時所属していたキッズクラブに問い合わせたところ、毎年の恒例行事となっていたとのことです」
「それじゃあ、そこに山小屋が…」
「そうだと思います。ただ、具体的な場所は特定出来ませんでした」
「あとは、青い服の集団との関連ですね…何者なのでしょう」
「そうですね…今はまだ分からないのですが、盛沢の周りを中心に当たってみれば何か糸口が見つかるかもしれません。それに…」
「それに…?」
「例の廃病院なのですが、群馬県の前橋市に存在するのです」
「小野さんの住んでいた所から近いですね…偶然にしては」
「はい、出来すぎていると。いや、小野さんはこの付近の噂を調べていたのではないでしょうか。そう考えるのが自然な気がします」
「あの、引き続きお願いします。もう少しで何か糸口が見つかるような気がします」
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