羊たちの庭 その2
暫く車に揺られていると、踏鳴神社に着いた。
話に聞いていたとおり立派な神社である。
神社の手前にある大きな鳥居を潜り、階段を登る。
階段の先に目をやると鬱蒼とした木々が騒めいている。その隙間から遠くに別の鳥居が見える。
濃く赤い鳥居だった。木々達の風景に混ざっているようで浮いているようにも見える。
もうすぐ秋だと言うのに暑さは厳しい。
汗が肌をつたう。
桐谷は不機嫌な顔をしているのだと思う。小野の事を、これまでに起きた出来事を考えていた。
虎元が長い階段ですねぇ、こりゃ立派な神社だ、とかそんなことを言っている。
泉名が後ろから話しかける。
「桐谷さん、小野さんのことは残念でした。どうか気を強く持ってください。
小野さんは信頼していた桐谷さんに後を引き継いで貰いたかった、だから桐谷さんにメッセージを託したのでは。私はそう思います」
そうなのだろうか。桐谷は自分がしていることが正しいことなのか、小野が望むことをできているのか、分からなくなっていた。
「小野さんの霊を見ただなんて話、信じてもらえるのですね」
「ええもちろんです。私たちは、小野さんにここまで導かれた──そんな気がします。兎に角今は前に進むしかありません。さあ、やっと階段の終わりが見えてきましたよ」
長い階段を登り終えると、広い境内が見えた。
その境内を真ん中で二つに割るように、桐谷達のいる階段と社殿を繋ぐ参道が敷かれている。
右手を見ると、そちらにも参道が敷かれており、ぽっかりと何もない空間があった。地面には黒い焦げたような跡が微かに残っている。幾人かがそこで作業をしていた。
あの場所でおんばいさんの儀式が行われていたのだろう。盛大に行われたと言うがどんな景色だったのだろうか。
そんなことを思いながら歩いていると社殿の前まで辿り着いた。想像以上に大きい。目の前に広がるそれに威圧されるような感覚を受けた。
社殿を目の前にするなり、泉名は勢いよく玄関の引き戸を開ける。
「ごめんください、私、横浜で探偵業を営んでいる泉名探偵事務所の泉名と申します!こちらに神主様はいらっしゃいますでしょうか!」
想像以上に声を張り上げ呼びかけた。
いきなり大声で名乗るので虎元と桐谷は面食らってしまった。
「ちょっ…泉名さん」
「なんだいトラ君、話を聞きに来たんだよ。まずは名乗るのが礼儀だろう」
「そ、そうは言ってもここ、悪の総本山、かもしれないんですよ」
「いつからここが悪の総本山になったんだい」
「や、それはそうですけど…。さっき危ないかもって言ってたじゃないですか」
「こういうのはね、正面突破がいいんだよ。
ほら、ここに来るまで巫女やら作務衣を着た人が見えたでしょ。たぶん私たちがここに向かってることも伝わってる」
そう話しているうちに奥の部屋から男か出てきた。中年ではあるが引き締まった体つき、姿勢がよく、髪はしっかりと後ろで固めている。目に力強い光を宿している男だった。
神職であろう服装に身を包んでいる。
この男が神主か──。
「なんですか大声で。神聖な場所です。少しは弁えなさい」
威厳のある声で神主らしき男が言う。
「突然の無作法、申し訳ございません。神主の──清水孝元様ですね」
「いかにも。神主をしております清水ですが。探偵、とか聞こえましたが確かですかな?」
「はい。改めまして、私は泉名探偵事務所の泉名と申します。こちらは助手の虎元と、協力者の桐谷さんです」
「ほう。探偵がここに何の用ですか。
悪戯に騒いでよい場所では御座いませんぞ。
大した用でもないのならお引き取り願いたい」
「いえ、踏鳴大神と、おんばい様に関わることでお伺いしたいことがございます。場合によっては、お伝えせねばならぬことがあります」
「ふん、いきなり来てなにを申すかといえば。
探偵風情が偉そうに何を言うというのだ」
「今後の踏鳴神社の活動にも多大な影響をもたらすかもしれません。安易な判断で後悔されぬようご注意されたい」
「ふふん、そこまで言うならさぞ重要なことなのだな。話を聞くぐらいならよいでしょう、上がりなさい」
清水孝元には隙が無かった。全ての言葉に威厳を感じる。こちらに先手を取らせないのだ。
桐谷達は長い廊下を案内され、社殿に通された。途中、何名か巫女や職員と思しき人とすれ違った。
「ここに私たちの信仰する踏鳴大神を祀っております。ここで発する言葉は即ち、私たちの神への言葉。
よくよくご理解頂くようお願い致す。根拠の無い妄言など言語道断。それで──」
ご用とは──?
清水孝元は云った。
あくまで主導権は相手にあるのだ。
泉名を見る。
泉名は真っ直ぐに目を見て言った。
「突然の訪問失礼致しました。多少の無礼ついでに申し上げます。そろそろ──悪しき風習などやめたら如何ですかと、僭越ながらご注進に伺いました。
あなた達は、人を殺しすぎる。何人もの尊い命を奪ったのです。信仰のための生贄など現代の倫理観からは容認できぬことと思います。
もはや綻びは、隠せないところへ来ているのではないでしょうか」
「えっ…」
思わず桐谷と虎元は声を漏らした。
何を言うかと思えば。──単刀直入にも過ぎるだろう。
いや、今、生贄、と言ったのか?
虎元は目を見開き泉名を凝視している。
清水は…一瞬の出来事に言葉を失っているようだ。しばし無言の空気が続く。
「な……何を仰ったのか。
そ、そなた本気で申しておるのか。
我々を、、人殺しと、そう言うたのか!」
泉名は視線を逸らさない。
引き下がるつもりは無いのだろう。
清水はこちらを見る。
「あ、あなた方も。どういうつもりなのですか。こ、こんな恥知らずを連れてきおって。も、妄…」
「妄言ではございません。清水孝元さん、もはやこれ以上は生贄を捧げ続けることは出来ません。真下晋太郎さんももうこの世にはいないではありませんか。
それとも──死して尚、この地に眠るあのお方に怯えているのですか」
清水が目を見開く。僅かに動揺している。隙のない男に人間らしい隙間が現れた。
小野の怪談に出てくる大柄な男、真下か。真下晋太郎が死んだ?どういうことなのだ。
「それは、どう言う…」
「先代の池村さとはそんなにも恐ろしい方だったのですか。そう言っているのですよ。もう亡くなって久しいではないですか。いい加減妄信することはお止めになるべきではないですか」
「ちょ、ちょっと待ってください泉名さん。い、生贄とは何なのですか、真下が亡くなっているとは?話がついていけません」
「そうですね。順を追って話さなくてはなりませんね。孝元さん、よろしいですね」
「く、くだらない。勝手にしなさい。我々を人殺し呼ばわりしおって、本来ならすぐに叩き返すところですぞ。根拠のない話であればすぐにでも出て行って頂きますぞ」
「分かりました。それでは話させて頂きましょう」
泉名は真っ直ぐ前を見据えたまま、しばしの間を空けた後、話しはじめた。
「踏鳴神社は昭和三五年、1960年頃、柴田藤吉によって再興された。それまでは島田神社と呼ばれる、小さな社があるのみでした。
柴田により、うらぶれた小さな社だった頃からは見違えるようになりましたが、そうは言ってもまだ地元に根ざした田舎の神社でした。
柴田が亡くなる頃、当時ナンバー2であった池村さとが教主に就任する。昭和四九年頃のことです。
教主となった池村は辣腕を奮った。おんばいさんの儀式はその頃から始まったものですね」
清水孝元は黙っている。
「おんばいさんは、子供の背丈ほどの小さな小屋に藁を積み上げ、小屋の中に木製の人形を横にして配置する。そして周りを信者が囲みながら火を灯し、おんばい様への祝詞を唱え続ける。こう言ったものです」
「ああ、それは杉本さんが見たやつですね」
「ええ、直接ご本人から聞きました。派手に火が上がり、一斉に祝詞を唱えるので非常に見ごたえがあると。
神社の信徒達が横一列に並び祈りを捧げるのです、こんな儀式はまずない。しかも祭りと同時に執り行われ、一般公開されるため誰もがこの儀式に参加できる」
「そうだ。だからこそ参拝客は絶えず増え続けておる」
「ただし、それはあくまで表向きの話です。その裏では、教団関係者が見つけてきた人間を生贄として捧げ、おんばい様の魂を鎮めるという儀式でもあった」
「な、何を言うか。ふ…巫山戯たことを言うのも大概に…」
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