秋山聖子の話 その2

 聖子と再会したのは、地元のショッピングモールにいた時の事だった。田邉が買い物のため立ち寄った時、ふと見覚えのある顔が目に入ったのだ。


 「聖子ちゃん……?」


 声をかけると、彼女は驚いたように振り向き、すぐに笑顔を浮かべた。


 「美沙子!ほんとに美沙子なの?」

 「本当に聖子じゃない。びっくりしたわよ、どうしたのこんなところで?」


 お互い五十代を過ぎ、容姿には色濃く老いが見えてきているものの、目の前の秋山聖子にかつての陰りを帯びた表情はどこにもなかった。


 若々しい明るさに包まれていた。短く切りそろえた髪も、動きや仕草も、かつての彼女とは別人のようだった。


 「いやぁ、偶然ね。こんなところで会うなんて!」


 「本当に!久しぶりね……どれくらい経ったのかしら?っていうか、こっちに帰って来たの?」


 「私もまさかこの歳で帰ってくるとは思わなかったけどね。いろいろあってね、ついこの間、ここに戻ってきたの。もう三十年以上経つわよね。お互い歳をとったわね」


 「そうだったのね。ええ、でも今の聖子、なんだか若く見えるわよ。ねえ、せっかくだからちょっとお茶でもどう?」


 「いいわね、私もどうせ暇だし」


 二人はカフェに腰を下ろし、懐かしい記憶をひも解くように話し始めた。田邉は、聖子が地元に戻った理由や、それまでの年月をどう過ごしてきたのかを聞きたかったが、あえて深くは触れなかった。


 かつて彼女がどれだけ辛い日々を送っていたのか、知る人間として、無遠慮に掘り返すべきではないと感じたからだ。


 「へえー美沙子、吉男君と結婚したんだ。ずっと仲良かったもんねぇ。当時からお似合いだったわよ」


 「今じゃ、ぐうたらのただのおじさんだけどね、ふふふ。そういう聖子こそ、元気そうで良かったわよ。色々…大変だったでしょ」


 「まあ、人生色々あるわよね。気がついたら私たちもう五十過ぎよ」


 聖子は少し目を伏せ、考えるようにしたあと、ゆっくりと答えた。


 「色んな人に助けられたからかもしれないわね。いろんな人がいたわ。仕事仲間、友達……みんなが私を支えてくれたの。それで気づいたの。人って、一人では生きていけないんだなって」


 「ええ、そうね……」


 「それでね、私も誰かの力になりたいなって思ったの。私が支えられたように、今度は私が誰かを支えたいって。そうすることで、きっと自分の役割を果たせるんじゃないかって思うの」


 聖子の言葉は堂々としていて、迷いがないように聞こえた。その姿に田邉は思わず微笑み、冗談めかして言った。


 「なんだか先生みたいなこと言うね」


 「あら、そうかしら?でも、そういう生き方も悪くないでしょ?」


 「それもそうね。だからボランティアの仕事を始めたのね」


 聖子は自分の生まれ故郷で、困っている人、悩んでいる人の助けになるべく、活動を始めたということだった。


 「そうね。私みたいなお気楽なひとり者、誰かと繋がってなければすぐに餓死しちゃうわよ。


 少しでも誰かの役に立てるのならって、今はそれが生きがいよ」

 

 話はさらに盛り上がり、そろそろ日が沈むという頃、家族が待っているためまた会おう、とお互いの連絡先を交換し、解散することとなった。


******

 

 「それじゃあ、聖子さんは元気に暮らしていらっしゃるのですね」


 なんだか少し救われた気持ちになった。


 両親から虐待され、実の子供を自分のせいで失った暗い過去をもつ女──どこかで虎元は彼女の人生を憂いていたのかもしれない。


 「ええ、元気でしたよ」

 「それから、連絡は取っているのでしょうか?」


 「いえ、それがね。連絡先は交換したんですけどね。中々予定が合わなくって。向こうも色々忙しいみたい。


 それでこの前痺れを切らして電話してみたんだけど、その電話、解約されちゃったみたいで」


 「えっ、じゃあ今聖子さんとは連絡が取れないと?」


 「そうね…多分最寄りのショッピングモールが同じだし、この近くに住んでいるはずだから。またどこかで会えると思うんだけどねぇ…」


 可能であれば秋山聖子に会って話を聞きたかった。彼女が北白槍団地を出てどのような生活を送っていたのか、どんないきさつでこの地に戻る事になったのか。


 虎元は引き続き秋山聖子の行方について調査を続けていくことにした。

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