帰らなかった老婆
帰らなかった老婆
怨リョウスケ
(2024年3月 実録オカルト蒐集記に投稿)
Nさん夫婦は母親の介護に追われる日々を過ごしていた。
Nさんの母は十年前に夫を亡くし、それ以来一人で暮らしていた。しかし最近になり、高齢のため痴呆症を患うようになると、一人での生活が難しくなっていたのだった。Nさん夫婦は相談の上、母と同居することを決めたのだった。
認知症の母との暮らしは簡単なものではなかった。
Nさん自身は仕事をしながらの介護であり、日中は妻が付きっきりで面倒を見る。夜はNさんが身の回りのことを行う。そんな日々に夫婦共に疲弊していた。
そんなある日、Nさんの母が突然失踪した。何の前触れも無かった。
それ以来、Nさん夫婦は母親の行方を捜索している。
これは、筆者がNさん夫婦に行ったインタビューの記録である。
***
──お母様がいなくなられた時のことを教えてください。
「母はだいぶ認知症が進行していました。私も妻も疲れが出たのだと思いますが、体調を崩してしまい、その日は寝込んでいました。朝6時に母に朝食を作り、食べているのを見届けてから私も妻も一度寝室に戻りました。
普段であればテレビを見て過ごしているので、少し目を離すぐらいは問題ないだろう、そう思ってしまったのです。
母がいないことに気づいたのはその日、2月12日の昼過ぎのことでした。
家の鍵が空いていたので、自分で出て行ったのだと思います。すぐに近所を探しましたが、何処にも見当たらないのです。
このあたりは住宅地ですから、人も多いですし、近所の人が見かけたら声をかけてくれる、警察へ通報してくれる、そう思っていました。しかし、これといった通報もなく一日、二日と経ってしまいまして」
──そして捜索願いを出された、ということですね。お母様の行先に心当たりはないのですか。
「ええ、母は元々別の場所に住んでいたところを私たちの家に来てもらったので、この近くには知人はいないのですよね。
遠方なので考えにくいですが、前に住んでいた母の家も探してみましたが見つからず…」
──Nさんご夫婦でも捜索されているとのことですね。
「はい、といっても駅でチラシを配ったり、張り紙を貼ったりといった程度ですが」
──何か目撃情報が寄せられたのですか?
「いくつか母に似た人を見かけた、という情報があるのですが、それがどうもおかしくて」
──おかしいというと?
「ここから二駅ほど離れた所に繁華街があるのですが、そこで母を見た、という人がいるのです。
一つ目は、2月12日の午後二十三時頃、雑居ビルから出てきて駅の方に歩いていったと。繁華街の中心ですから、居酒屋なんかが沢山並んでいて。その通りを一人でとぼとぼと歩いていたそうです。
老人がそんな時間に歩いていたら目立ちますよね。それで見た人が覚えていたそうです。複数人から見た、という話があったので信憑性はありそうなのです」
──お母様はその繁華街までどうやって移動したのでしょうか。
「家には母の財布が残ったままでした。殆ど手ぶらで家を出たはずなのです。母の足では徒歩で二駅も離れた街に移動するとは考えにくいです」
──なるほど。他にも目撃情報があったのでしょうか。
「もう一つの目撃情報は、その翌日、2月13日の昼過ぎのことです。ここから五駅ほど先の◯◯駅の喫茶店で、数人のスーツ姿の男達と立ち寄ったそうなのです。
流石に人違いだろうと思いながらもお店の方に頼み込んで防犯カメラを見せてもらったのですが…間違いなく母だったのです。
スーツの男達と何か会話をしているようでしたが、三十分ほど滞在した後店を出たようでした。もちろん、スーツの男たちに心当たりはありませんし、母と知り合いとも思えないのです」
──失踪前にお母様や身の回りに変わったことはありませんでしたか?
「はい、少し気になることが。どこで手に入れたのか大量の写真を持っていたのです。失踪する少し前の事でした。
でも、家を出た形跡もなかったんです。
どこで手に入れたのかを問いただすと、昨夜の晩におんばい様に貰った、とだけ言うのです」
──おんばい様?
「それが何かは分かりません。どうやら寝ているときにそのおんばい様というものから写真を渡された夢で見たようなのですが。実際にそんなこと起きるはずないと思います。
ひょっとして、そのおんばい様と、例のスーツ姿の男たちと関係があるのでは、そんな気がするのです。
母は今もどこかにいると思うのです。
早く、見つけてあげたいです」
以上がNさんにインタビューを行った記録である。
Nさん夫婦は今もまだ、母を探している。
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