桐谷圭一郎の話 その4

 事件から三ヶ月後のこと。


 桐谷は泉名探偵事務所に続く階段を登っていた。相変わらず気が重いのは寒い気候のせいだからか。


 それとも埃っぽい雑居ビルの薄暗い階段に囲まれているからであろうか。どちらにしても気は晴れない。

 

 相変わらず人気のない事務所の入り口に着くと、ドアを開けた。


 カランカラン…


 ドアベルが鳴り響く。事務所では泉名と虎元が何やら話し込んでいた。

 

 「ああ、桐谷さん、お久しぶりです。お元気そうで何よりです」


 「泉名さん、虎元さん、その説はお世話になりました」


 「いやー、あれから桐谷さん人気者ですねぇ。いろんなところに引っ張りだこだ。あとでサイン下さいよ」

 虎元が軽口を叩く。


 そうなのだ。あの事件以来、一連の事件の話を聞かせてくれ、ということで怪談系の動画やら都市伝説界隈からのコラボ依頼が殺到していたのだ。


 桐谷はと言うと、小野の遺した怪談達を、語り継ぐことに決めたのだ。だからこそ来た仕事は断らず、全て詳らかに話すことにしていた。


 教団の起こした事件は大きな騒動に発展し、信者幹部の関係者複数人が逮捕されることとなった。同時に、過去に起きた事件についても掘り起こされ、様々な疑惑がまことしやかに囁かれていた。


 あの日から、踏鳴神社は閉鎖したままだった。あれほど豪華な社だったが、おそらくこのまま再開されることはないだろう。また遠い昔の、元の寂れた神社に戻るのだろうか。


 「まあお陰様で忙しくさせてもらってます。実は本を出さないかってお誘いももらっちゃってたりして。なんだか小野さんに悪いかなあと」


 「それは凄いですね。でも、小野さんの意思を引き継いだ桐谷さんだからこそですし。胸を張って活動すればいいですよ」


 「ええ、この話が広まるほど教団は動けなくなる、そう思うことにしています」


 結局のところ、宇目の命真教会の名前は最後まで表には出てこなかった。あの教主の思惑通り、踏鳴神社が全ての元凶ということで所謂世間の中では納得していたのだ。


 それ程に池村さとの作り出した仕組みは強力なものだったのだろう。だからこそ、それに対抗するためにも活動は続けなければ行けない。そう思ったのだ


 「もう都市伝説好きな界隈では教団の噂で持ちきりですよ。こんな話を待ってたと言わんばかりです。口さがない連中の本領発揮ですね」

 泉名が笑いながら言う。


 「あの人たち、何処からか泉名さんのことも嗅ぎつけてきて、根掘り葉掘り聞いてこようとするんですから。困ったものですよ」

 虎元が来客用のインスタントコーヒーを運びながら言う。


 埒が開かないので本題に切り出すことにした。


 「あの、それで。聖子さんが見つかったんですってね」


 「ええ。残念ですが、既に亡くなっていました」


 「そうですか…何故、だったのでしょうか」


 「最後のおんばいさんの儀式…とでも言うのでしょうか。教団は、次回、秋のおんばいさんの準備を進めていたのですよ。


 例の廃病院、小木津総合病院ですね。あそこの密室に閉じ込められて亡くなっていたそうです」


 春の儀式では『帰らなかった老婆』の、永野トキ子が犠牲になった。そして、秋に予定していた儀式のために秋山聖子が生贄となったのか。


 「そ、それはなぜ…彼女は前教主とも関係が深い、幹部からも丁重に扱われていたんじゃないですか。まさか裏切って小野さんに情報を漏らしたことがバレたとか?」


 「いえ、聖子さん本人自ら志願したそうですよ。小野さんを殺害したあとすぐに」


 「そうでしたか…一度は教団を裏切ろうとしたのに。抜け出したいと思っていたのではないのですか?」


 「彼女の居場所はもうあそこしか無かったのでしょう。聡君を亡くし、自分を救ってくれたのは間違いなく教団であり、信仰であった。今更またイチからやり直すなんて出来ないでしょうし」


 「じゃあなんで教団を裏切ったりなんか…」


 「やっぱり、間違ってることは間違ってる。そう思ったんじゃないかな。自分の居場所が無くなってしまうとしてもね。


 事実、地元に引っ越したのも、教団と距離を取るためだったのでしょう。ま、その思いも結局、小野さんに手をかけたことで頓挫してしまったが」


 どんな気持ちだったのだろうか。桐谷には想像もつかない。


 「そ、それです、納得がいかないのは。教団を裏切ってまで行動を起こそうとしていたのに、簡単に目の前の人間を殺してしまうなんて」


 泉名は少しの間言い淀んだ後、顔を上げて言った。


 「これはね、証拠も何もない事だけど。秋山聖子は、人の死についての感情が欠落していたのではないかな。ある種の残虐性を秘めていたと言ってもいい。


 間違ってると考えていたとはいえ、信仰によって聖子さんが救われていたことは事実だ。だから途中で気が変わった。


 聖子さんはね、人を殺す事になんの躊躇いもなかった。だから気が変われば迷う事なく小野さんを手にかけた」


 「ほ、本当にそんなことが…?」


 「彼女はね、幼い頃から長い間虐待され、ずっと逃げ場が無かったんだ。誰も助けてはくれなかったのでしょう。そして、彼女の両親は火事で亡くなっている。おそらく聖子さんがした事だ。


 聡君のこともね、大変な境遇だったのは認めるけど、だからと言って親子の縁はそう簡単に切れるものじゃない。それを放棄出来るかどうかが分かれ道なんだ。


 教団にいた間はその性格は鳴りを潜めていたのだろう。そう言う意味では、救われていたのでしょう。あの教団に」


 そう云って泉名は少し悲しい顔をした。


 皮肉な事だ、教団により穏やかに過ごせていたはずの人生が。彼らの過ちを告発しようとしたことで自身の残虐性を呼び覚ましてしまったのか。


 「聖子さんは絶望したのだろう。自分自身に。だからおんばいさんの生贄に志願した」


 自分の人生を、終わらせたのか。救われていたはずのこの教団によって。


 全ては悲劇であった。

 多くの人が梅乃の呪いによって人生を変えられてしまった。


 その後も、新作の怪談を聞かせてほしいだとか、都市伝説の調査に行かないかとか、どうでもいい話をしながら時間が過ぎていった。


 季節は秋も終わり、冬に変わろうとする頃だった。


 あれ以来、小野の姿を見ることはなかった。

 この終わり方に納得してくれたのだろうか。


 私はまた、怪談師という如何わしい仕事を続けている。


 泉名探偵事務所は相変わらず流行っていなさそうである。


 こうして桐谷の夏は終わりを告げたのだった。


 ──了

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或る怪談師の調査報告書について 千猫菜 @senbyo31

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