或る怪談師の調査報告書について

千猫菜

或る怪談師による噺

デジタルプリント

デジタルプリント

 怨 リョウスケ

 (2023年11月 禍話怪談に投稿)

 

 これは、T氏がカメラやデジカメの販売店で働いていた頃の話だ。


 その店は新品、中古に関わらずカメラを販売しており、また、現像や写真のデジタルデータへの変換、ギフト用のフォトブックの制作など、幅広いサービスを提供していた。


 ある日T氏と先輩のWが閉店の準備をしていると、駆け込みの客が入店してきた。


 「このデータを印刷してくれ」

 男は低い声で言いUSBメモリを差し出す。


 「ああ、分かりました。データの中身は写真ですか?は何枚ですか?」


 「データは一ファイルだけ入ってる。これを二枚印刷してほしい」


 「ええ、分かりました。サイズはどうしましょう。そちらから選んでいただきますが…」

 T氏はそう言って顔を上げたところで凍りついた。


 その客の風体が異様だったのだ。大柄の男で帽子を深く被っており、そこから肩までつくほど白髪まじりの長髪が垂れ下がっている。顔はほとんど見えない。


 春先の陽気に似合わずロングコートを羽織っており、目の前に立たれると威圧感がある。


 「ああ、XLサイズだ。よろしく」

 そう言うと男は会計を終えさっさと立ち去っていった。


 「先輩、今来た客見ました?怖そうな人でしたよね」


 「見た見た、なんかデケェ奴だったな。

 印刷だろ、二枚だけなんて見た目に似合わずケチくせえな」


 「まあ、ポスター用とか一枚だけ印刷したいなんて依頼いくらでもありますしいいじゃないですか」


 その後、USBメモリの中を確認する。


 そこには、中年の女性と思われる写真が保存されていた。


 女性は正面を向きこちら側に笑顔を向けている。


 両手を腹部に添え、交差させており、どことなく上品な雰囲気を漂わせている。


 背後には沢山の花に囲まれており、上部にはビニール製とおぼしき透明なシートの向こうに青空が広がっている。どこかの農園で撮影した写真だろうか。


 「なんだよ、普通の写真じゃないか。ポスターに使う何かの背景画とかかと思ったぜ」


 「普通に印刷するにはサイズ大きいっすよね。まあいいじゃないっすか」


 T氏とWは特に気にも留めなかった。印刷の手続きを進められるよう処理だけして、その日の営業を終了した。

 

 翌週、印刷されたその写真を受け取りにきた。


 「こちらの印刷ですね、出来てますよ」

 T氏が受けた際に違和感に気付いた。先日の男とは別の男なのだ。


 特徴のある男だったのではっきりと記憶していた。先日の男とは似ても似つかない小柄な中年の男だった。オーバーサイズのシャツの隙間から木の枝のような腕が伸びている。いや、痩せているせいでそう見えるのだろう。なんとも不恰好な男だった。


 「あ…こちらが注文の品になります」

 奥から印刷物を取り出し、小柄な男に差し出す。


 男は無言でそれを乱暴に受け取り、さっさと店を出て行ってしまった。


 「なんだそれ、変な客だな」

 次のシフトで一緒になったWにそのことを伝えるとニヤニヤしながら言った。


 「まあよく分からない注文でしたもんねえ。客も途中で変わるしキモいっすよねえ」

 

 それから暫くして──


 また閉店間際に大柄の客が訪れた。


 相変わらず髪は長く、深く被った帽子と髪で表情は見えない。


 今度はWが受けたのだが、男は前回と同じようにUSBメモリを渡すとすぐに店を出て行った。

 

 USBメモリの中には画像ファイルが一枚だけ保存されている。


 今度は三〇歳ぐらいの男性の写真だった。彼もまたカメラの方を向いて微笑んでいる。


 髪は短く、健康的な肌の色をしている。清潔感のある印象を受けた。


 前回の女性と違い、子綺麗な長椅子に腰掛け、後ろには眩しいほどに綺麗な海が一面に広がっている。


 どこか旅行先なのだろうか。男性は不自然に右側に傾き、写真は右の肩のあたりで切れている。


 ああ、そうか、隣に誰かいるのだ、そう思った。


 「先輩、また人の写真ですか。なんなんですかね。今度も写真のプリント二枚です」


 「ああ、同じだよ。全く、なんなんだか」


 それから一週間後、前回と同じように小柄な中年男がプリントされた写真を受け取りに来た。


 例によって中年の男は急いでいるようだった。相変わらず品物を乱暴に取り上げ、立ち去っていった。

 

 それからと言うもの、二人の男は一定の間隔を空けて店に訪れた。


 三回目は老婆の写真だった。自宅で撮った写真なのだろう、一人でこちらを向いている。どことなく無表情で、撮られているというより、偶然カメラに納められたような写真だった。


 四回目は若い、制服姿の女の子がカメラに向かってピースサインをしている写真だった。おそらく高校生ぐらいだろう。今風のメイクで微笑んでいる。


 一体この写真をプリントするのにどんな意味があるのだろう。しかも必ず二枚、サイズは決まってXLだった。


 いよいよT氏もWも気味が悪くなってきた。


 そんなある日のこと。


 Wが出勤すると、興奮した様子で話しかけてきた。


 「おい、T!俺ちょっと分かったかもしれないぞ」


 「え、先輩、なんですか急に」


 「いや、あの例の客の写真だよ、あの一枚だけ写真持ってくるやつ。やっぱり意味があったんだよ」


 正直に言うと興味が湧いた。いや、なんとしても知りたい気持ちになった。


 「えっ、あの写真がなんなんですか?」


 「ほら、興味あるだろ」

 そう言うとWはスマホで検索した画面を見せてくれた。


 そこには、写真と氏名、年齢、生年月日、何かの日付が等間隔に配置されていた。


 同じフォーマットの羅列がびっしりと並んでいる。


 何故か背筋が寒くなる気がした。

 「これ、なんですか?」


 「警察のホームページだよ。行方不明で捜索願いが出ている人の写真。

 この日付は失踪前、最後に目撃された日だ」


 「え、なんでそんなもの?」


 「ええと、ああ、ここ見てみろよ」

 Wはスクロールして途中で画面を止める。

 

 そこには、髪を短く揃えた、清潔感のある男性の写真が映し出されていた。


 熊切英也 三十一歳 2016年4月10日

 そう画面には映し出されていた。


 「これ、二回目にあの客が来た時に持って来た写真だろ」


 「それから、こっちは、ほら三回目のときの」


 高橋梅子 八十九歳 2018年9月21日

 そう書かれていた。


 虚ろな表情で視線はどこか宙を彷徨っている。

 「他のもあったぜ。今のは警視庁のサイト。他のは神奈川県警だとか千葉県警が出してる情報に載ってた」


 Wが指し示した画面には、依頼のあった一人目と四人目の写真が名前、年齢、失踪した日付と共に映し出されていた。


 「確かにこの人達はあの写真の人物ですよね…。でもなぜ…?」


 「それは俺にも分からない。ただ、あの男達は行方不明者の写真を定期的にプリントしたことになる。


 失踪した日付がかなり前であることから考えて失踪前に写真を持っていた関係者とは考えにくい。

 つまり、このサイトから画像を持ってきたんだよ」


 「警察の公表している行方不明者の写真をダウンロードして、印刷しに来てたってことですか?」


 「ああ、そんなところだ。面白いだろ。どんな意味があるんだろうな」


 「先輩、楽しそうですね」


 「そりゃそうだろ。それにな、他にも法則はある。ほら、生年月日のところ見てみろよ」

 Wは印刷された順に写真を並べていった。


 「この最初の人が三月生まれ、次が四月、三人目と四人目が五月、六月だ。生まれ月に沿っている」


 「よく気づきましたねこんなの。でも偶然じゃないですか」


 「偶然かどうかは次にあいつらが来た時に分かるさ。次に来るのは大体二ヶ月後だな」


 「そんなことも分かるんですか…?」


 「それは簡単だよ、あいつらが来るのは春先と秋口の二回だけだ」


 「そう…でしたっけ?」


 「ああ、四回ともな。ほぼ半年に一回、それも季節の変わり目の早い時期だ」


 「確かに、そうだったかもしれませんね。でも、先輩、結局目的が分からないですよ」


 「ここからは俺のカンだけどな、この写真、必ずXLだろ、単体で写ってる人をこのサイズでプリントするんだ。そんなサイズの写真って、何か思い浮かばないか?」


 「え…それってひょっとして、い…遺影とか」


 「だろ。それしか考えられねえよ。つまり、行方不明の人間が死んだと知ってるやつらが、供養のためにプリントして遺影を作ってるんだよ」


 「なんでそんなことするんすか」


 「知らねえよ。例えば家族に頼まれて探してたけど、途中で死んだと知ってとりあえず遺影っぽいものを渡してるとか」


 「でもあの人たち、探偵とか、真っ当な商売の人には見えないっすよ」


 「だろ、明らかに表の仕事じゃないはずだ。

 だから、なんなら殺して、成功したら印刷して、家族に渡して、とかそんなんかもな」


 「話が飛躍しすぎっすよ。でも、先輩、そのどれかだとして、それを知って何かするつもりなんですか?」


 「別に何もしねえよ。でも気になるだろ。今度あいつらが来たら後をつけてみようと思う」

 そう言ってWは楽しそうに笑った。


 それから二ヶ月後。


 予想通り例の大柄の客が閉店間際にやってきた。


 相変わらず顔が見えないほど深く帽子をかぶっている。Wの話を聞いてから、よりこの男が不気味に見えてきた。低い声も腹の底から出てくるような、昏い地の底から湧き出るような、そんな風に思えた。


 Wは素早くユニフォームを脱ぎ店の外で待ち構え、大男が出て行くのと同時に後をつけていった。

 

 Wの姿を見たのはそれが最後だった。


 次の日、Wから体調が優れないので休むと上司に連絡があったそうだ。T氏は心配になって連絡をしてみたが、Wが電話に出ることはなかった。


 それから一週間後、Wから会社あてに連絡があり、体調が回復しないことを理由にそのまま会社を辞めた。


 何かがあったに違いない。T氏はそう思っていた。


 その後すぐ、いつものように小柄な男が印刷物を受け取りに来た。前回と変わらず、男はイライラした様子で荷物を乱暴に受け取り、すぐに去っていこうとする。


 荷物を渡す時に目があった。その瞬間ぎょっとした。黒目が異様に大きいのである。その目がT氏のことを睨みつけている。


 まるで何かを警告するように。


 T氏は恐怖で身体が竦んだ。そんな状況であったため、Wのことを問い立たせるはずはなかった。

 

 その後、何度かWに連絡をとろうとしたが電話に出ることはなかった。

 

 それから三ヶ月後、閉店間際にまたあの大男がやって来た。いつものように淡々と受付をして帰っていく。


 今までの間隔だと次に来るのは半年後のはずだが…


 T氏はおかしいと思いながらも、USBメモリの中身を覗く。


 そこにはWの写真が保存されていた。

 

 無表情な顔に虚ろな目でこちらを見ている。背景はどこかの山だろうか。背後に神社仏閣のような建造物が僅かに見える。直感的にWが仕事を辞めたあと撮られた写真だと思った。

 

 Wが行方不明者として公表されている、と知ったのはその後のことだった。

 

 そして、T氏は仕事を辞めた──

 

 元同僚によると、あの客は変わらず半年に一回、店を訪れるそうだ。

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