桐谷に届いたDMの話 その1

 桐谷が、北白槍団地を訪れて数日が経った頃のことだった。


 ここ数日柄にもなく忙しかったこともあり、ようやく自宅で一息つくことが出来たのだ。


 頭が重い。

 疲れが溜まっているからなのか、それとも。


 目を閉じると、あの団地での話が蘇ってきた。老婆の話は、桐谷に新しい情報をもたらすと共に、心の奥深くをかき乱していた。


 ──小野はあの団地で何を思ったのか。


 小野の足取りを追う中で、彼の心持ちが分からなくなっていった。


 最後に会ったのはいつだったか。


 怪談イベントで一緒になった時だったか。お互いの怪談を聴かせ合いながら年甲斐もなく朝まで居酒屋で過ごした。


 その時の小野は心から楽しそうにしていた。それは桐谷も同じであった。如何わしい話、くだらない話、流行りの都市伝説といったラインナップをお互いに語り合えば時間なんていくらでも足りなかった。


 友人の笑顔を、声を懐かしく思った。

 小野の怪談をまた聞きたくなった。


 怪談か。

 ああ──忘れていた。


 そう言えば、この週末に友人の怪談イベントに出席するのだった。告知ぐらいしなくては。


 最近放置していたSNSを久しぶりに開いた。


 DMのアイコンに通知が来ていることに気がついた。だいぶ通知が溜まっているようだ。何か大事な連絡ではないか、イベント告知もせず放置していたからか。少し心配になった。


 通知をタップして確認する。


 そこには、イベントに関する連絡に混じって、見覚えのないアカウントからの通知が届いていた。軽い気持ちでタップし通知を確認する。


 「面白い話があります。聞いて頂きたいので会えませんか?」

 

 既視感に襲われた。


 否、これは確か、『DM』に出てきた文面もの、そのものではないか。


 数日間SNSを放置していた結果、その不愉快なDMは毎日のように届いていた。翌日に届いているメッセージを開く。


 「面白い話があります。聞いて下さい」


 やはりそうだ。次の日のメッセージも同じようなものだった。


 「面白い話があります。どうか会って下さい」


 小野の身に起きた事が自分の身にも降りかかっている。なぜだ。小野が追っていた話が関係しているのか。ここ数日の出来事を振り返る。


 そうだ、簡単なことだ。桐谷は北白槍団地を訪れた。それでか。


 桐谷と老婆が会話する様子をどこかで見ていたに違いない。そう考えていたとき。

 

 ピコン──!

 

 スマホから通知を知らせる効果音が鳴った。

 心臓が止まりそうになった。やはりそれは見知らぬアカウントからのメッセージだった。


恐る恐る開く。

 

 「面白い話があります。どこに行けばいいですか?」

 

 どうする?小野の追っていた秘密に迫れるチャンスかもしれない。しかし、危険が伴うだろう。


 極力危険を回避しながらも手がかりを掴むには…そうだ。


 「返信が遅くなり申し訳ありません。とても興味がありますのでお話を聞かせてもらえますか?明日の十七時、渋谷のJR駅前の喫茶店などいかがでしょう?別の日でも構いませんよ、御足労願えますか」


 来るか──?どう反応する?


 桐谷は心拍数が上がりそうになるのを抑える。冷静に、返信を待つ。

 

 ピコン──!

 通知がきた。


 「ぜひ聞いてほしいです。少し遠いのでここまで来れますか?」

 こちらの言うことをはまるで無視した内容だった。そこにはリンクが貼ってあった。ゆっくりとそれをタップする。


 すぐに地図アプリが起動した。それは指定した渋谷からは程遠い場所を指していた。東京を過ぎて山梨県に入った先、まるで山しかないようなところだった。


 ふざけているのだろうか。会いたいと言われ、こちらで指定した内容が無視された挙句、こんな山の中にノコノコ出て行く人間などいる訳ないだろう。


 どうするか。下手に返して手を引かれたくない。必死で考える。

 

 「ご指定ありがとうございます。でも、ちょっと遠いですね。そちらにお住まいなのですか?では間を取って八王子駅を降りてすぐのR喫茶ではどうでしょう?」

 

 ピコン──!

 すぐさま返信が来た。


 「是非会って話したいです。ここまで来れますか?」

 なんとも無機質な返信だ。というよりも、会話が成立していない。そして、返信内容には再びリンクが貼られている。すぐにタップして確認する。


 地図アプリが起動しある地域を指す。それはまたもや山の中だった。しかも先ほどとはまるで違う場所。神奈川の南部だった。

 

 さてどうする。これ以上メッセージでやり取りしても埒があかない。しばらく逡巡した挙句、思い切って言ってみることにした。


 「少し電話でお話出来ませんか?私の番号は知っていますよね。お電話待ってます」

 

 少し待ってみる。

 

 ブー…ブー…

 

 スマホが鳴った。やはり非通知設定だ。

 念の為録音機材を回しながら電話に出た。


 「も……もしもし?」

 反応がない。しばしの間無言が続く。しかし。


 「嗚呼ぁぁ、君ねエぇ、君のせいだよネえぇ?」

 機械的な音が聞こえた。声が分からないよう音声変換されている。


 「はい?どう言うことでしょうか。聞いてほしい話があると言うことでしたが」

 冷静に応対する。


 「ダッからサぁ、お前が辞めればイイんだよぉおお。オマえのせいじゃないかぁアア」


 「意味が、分かりませんが。私のしている事が迷惑なのでしょうか?」


 「ハハハハハ、ナニがだよ。ふふ、ふざ、フザケんなよおぉおお」


 「都合が悪いのでしょう。あなた達が殺した小野さんのように、私のことも狙っているのですか?」


 はっきりと強い口調で言った。

 その電話の相手はしばし無言になった。


 「今どこにいるんだ?あの団地か?真下の関係者か?」


 「……アノさァオマえさぁああああ」


 「真下のこと探られるのが嫌だったのか?それとも青い服を着たやつらか?」


 「……ダカラさぁ。お前ェエエエエふざけルなヨォォォぉおおおおおお」

 

 ガチャッ。

 

 電話の相手は絶叫に近い声を上げ、そのまま電話は切れてしまった。

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