桐谷に届いたDMの話 その2

 『もしもし?あれっ、桐谷くん久しぶり、どうしたの急に』


 「ああ城戸崎さん、ご無沙汰しています」


 電話の相手、城戸崎カヨコは桐谷と小野の共通の知人であり、お互いよく怪談イベントで顔を合わせる仲だった。女性ならではの透き通った声で抑揚のある階段話が人気の怪談師であった。


 「ちょっとお聞きしたいことがありまして。過去に小野さんが怪談イベントで、『DM』という話をしていたと思いますが。そのとき一緒に出演していましたよね。覚えてます?」


 『ああー、そうだったね、いたいた。あたしも袖でリョウちゃんの話聞いてたわよ。あの話、短いけど面白い話だったよねぇ。懐かしいね。桐谷くんも勉強熱心だねー』


 「いえ、別に怪談話を研究してるとかじゃなくて実は、私のところにも同じ内容のDMが来て…」


 『えーそうなんだ!面白いじゃん。やっぱり本当にあった話だったんだね』


 城戸崎は軽い口調でそう言った。様々な猟奇的な話に触れているうちに、こう言った話には感覚が麻痺しているのであろう。もっとも、それは桐谷にとっても同じであるが。


 「まあ怪談師的には面白いってことかもしれないですけど」


 『ま、そうだよね、普通に体験したら怖いかあ。ねえねえ、やっぱりあれ、その後変な電話来たの?』


 「ええ、電話かかって来ましたよ。本当にかかって来るんだって感じでしたけど。結局よく分からないまま切れちゃいましたけど。だから、その時の話で何か裏話的なものを小野さんから何か聞いてないかなと」


 表のイベントではパッケージングされ、完成された話として披露され、裏ではより深い情報が公開されるといった話は結構あるのだ。むしろ楽屋で行われる雑談の中にこそ本当に怖い話が紛れていたりする。


 『なるほどねぇ。どうだったっけなぁ。ああ、そういえばさ、あの後打ち上げにいったんだけど、そこでリョウちゃんと話したっけなあ。

 

 電話がかかって来てからさ、その後少しの間、周りで変な人がつけてきたって言ってたなぁ。あれは多分電話して来た連中に違いないって。

 ほら、リョウちゃん結構怪談イベント出てたりしてたでしょ、だからスケジュールなんて筒抜けよね。表に出る商売の悩ましいところよね。


 あ、でもさ、リョウちゃんの近くには絶対近づいてこないんだって。遠くで見てるだけ。それもなんか気持ち悪いわよね。文句があるなら言ってこいってのに』

 

 「変な人…ですか。遠くから見てるだけか、確かに気持ち悪い。それじゃあ、小野さんはそいつらと直接接触した訳じゃなかったんですね。何かそいつらの特徴とかって言ってませんでしたか?」


 『いやー、別に特徴がどうかって話はしてなかったなぁ。俯き加減で暗い目をしてこっちを見てるとか、なんだかぼんやりと怪しいとか、そんな感じ。ま、リョウちゃんの被害妄想って可能性もあるけどね』


 「そうですか…でも小野さんが言うぐらいだから本当に見たんでしょうね。変に脚色するような人じゃなかったし」


 『そうねぇ、でもリョウちゃんが死んじゃったの、そいつらの呪いとかって話だとほっとけないわね。ま、時期はズレてるから関係ないっか。


 まあ桐谷くんも気をつけなよ。あ、と言っても桐谷くんの風貌じゃ迂闊に手出ししてこないか。逆に取って喰われそうだもん。ははは』


 城戸崎が笑った。


 確かにそうだと思う。桐谷の身長や外見からすると、闇夜で集団で襲われない限りは大概は何とかなるだろうし、相手も迂闊に近づいてこないだろう。


 『そいじゃ、気をつけてねー。また面白い話あったら教えてよ』

 そう言って城戸崎カヨコは電話を切った。


 *****

 

 その日の週末のことであった。この日桐谷は渋谷のイベントスペースでの怪談イベントに出演することになっていたのだ。


 小野の怪談を信じるなら、DMを送りつけてきた犯人はきっと桐谷の前に現れるはずだ。イベントの参加は随分前から発表されている。


 例のDMを送ってきたアカウントは例によってすぐに削除されていた。桐谷に連絡するだけのために作ったアカウントだったのだろう。

 

 イベント中、桐谷は客席に目を配らせていた。


 この中にいるのか?


 しかし、小規模のイベントだったこともあり、会場にはよく見る常連客と、連れの友人らしき人がほとんどであった。怪しそうな人間はいない。


 私のところには来ないのか?桐谷はそう思った。


 結局、イベントは何事もなく終わり、その帰り道、桐谷は地下のイベントスペースから地上に降り立った。わざとスマホに気を取られているふりをして周囲を伺う。しかし、それらしき人は見当たらなかった。


 それから先、駅までの帰り道、電車の中、常に気を配っていたものの怪しい人間はいなかった。


 自宅のある駅に降りた桐谷は、考え事をしながらとぼとぼと歩き出した。本当に奴らは来ないのだろうか。


 小野の名前を出したことが影響しているのか。

 奴らも警戒しているのだろうか。


 桐谷の家はなだらかな坂道の途中にあった。駅からはそれなりに距離はある。ほとんど寝るだけの場所なのだから住処に拘る必要もなかったのだ。


 やはり来ないか。いや、しかしあの電話は警告そのものだろう。私にこれ以上深入りするなと言いたかったのだ。


 その時、ふと視線を坂の上に向けると。


 ぼんやりとした視線の先に。人が。


 いた。


 小野の経験では怪しい人がいた、と表現していたが、一目瞭然じゃないか。


 その男は、全身が青い服に身を包み、こちらをぼうっと見下ろしていた。暗い目だ。


 『或る廃病院にて』の話に出て来る青い服の集団。『SNSの投稿者』に出て来る青い服。


 そして北白槍団地にいた信者の男。


 間違いないじゃないか。

 桐谷は一気に怒りが込み上げてきた。


 彼らの目的が何なのか、直接聞き出してやる。桐谷は青い服の男の存在を認めるや否や、全力で男の方へ駆け出した。

 

 例の男はさすがに面食らったのだろう。慌てた様子で走り出した。姿を見せることで警告したつもりだろう。


 まさか全速力で向かってくるとは思わないはずだ。我ながら鬼の形相をしていたと思う。

 

 男は坂の上の、丁字になっている道を下っていった。


 よし。このペースなら十分追いつける。桐谷は高い身長を活かし、ぐんぐん坂道を駆け上がっていく。


 あいつは。


 丁字路を下った先にある公園の方へ向かっていった。すぐに桐谷が公園に着いた。


 あの男は。どこに行った?


 いた。


 視界の向こうに、公園内の階段を駆け降りた先に。慌てて走っている様子が見てとれた。桐谷は迷わず追いかける。


 もう少しだ。とにかく捕まえれば何かヒントが。小野の死の理由が分かるはずだ。


 桐谷は必死に走った。


 男は先に階段の下につき、そのまま道なりに走っていった。


 しまった。その先には踏切がある。運悪く遮断機が降りかけている。男がその隙間を縫って駆け抜けていく。


 桐谷が踏切に着く頃には遮断機は完全に降りた後だった。男の後ろ姿は走り抜ける電車に完全に遮られた。


 間に合わなかった──。

 ギリギリのところで取り逃してしまった。


 「ハア…ハア……」

 息が切れ心拍数が上がる。


 「クソッ!!」

 桐谷は珍しく感情を露わにした。


 電車が通り過ぎ、遮断機が上がる時には、もう青い服の男の姿は見えなかった。


 ******


 後日、虎元に報告したところ最初こそ真面目に聞いていたものの、男を追いかけたと知ると大いに笑われた。


 桐谷さんも怖いもの知らずですねえとか、その男、生きた心地がしなかったでしょうね、とか。何とも軽い口調だった。


 幸いなことに、非通知でかけて来た電話は録音していたので、後日、何かヒントがないかを調べることにしたのだった。

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